レイシャルメモリー 3-02


 一瞬のことで、声も出なかった。出そうと思った時には、唇でふさがれていた。髪の中に指を差し込み、頭をつかまれているので動けない。息苦しさにやっとの事で唇から逃げると、大きく息をしたそのノドをキスが下りていく。
「フォース? 待っ、あ……」
 身体を探る手を避けようと身体をよじるだけ、逃げ場が無くなっていく。その手を抑えようとして、逆につかまれる。
「お願い、離して……っ」
 その時はじめてフォースが言いかけた言葉が、逃げろ、だったのだとリディアは気が付いた。だが、フォースからどこに逃げろというのだろう。きっと時間を稼げばティオが戻ってくる。でも。
「あっ、痛いっ」
 はだけた胸元を強く吸われ、リディアは思わず声をあげた。フォースの力が緩む。その隙を逃さず、リディアはフォースの腕からすり抜けた。
 そのまま森の中へ駈け込んだ。すぐ後ろからフォースの気配が迫ってくる。振り返っている余裕はない。
 痛いという言葉に反応してくれたのだから、フォースは基本的に変わっていないはずだとリディアは思った。逃げろと言ったのも、守ろうとしてくれたからだろう。
 術か何か、得体の知れない力がフォースにかかっているのだろう。シャイア神が反応していないので、シェイド神の力でないことだけは理解できる。
 これが何かの術だとしたら。リディアの脳裏に、湖で会った妖精が浮かんだ。フォースと剣を合わせた妖精たちは、彼女のことをリーシャと呼んでいた。風を使い、服を操っていたのも術の一種だと思われる。
 そこに風が吹き付けてきた。不自然な風に服の裾がひるがえり、側の木に引っかかる。その風で、フォースの急変は、やはりリーシャの術だろうという予測が確信に変わった。と同時に、追いついてきたフォースに腕をつかまれる。
 足元から注意が逸れて木の根につまずき、リディアはその場に倒れ込んだ。フォースが覆い被さってくる。
「逃げるな」
 そうつぶやいた唇が、リディアの唇をふさいだ。顔のすぐ側に肘をつき、もう片方の手が身体に触れている。痛いほどの動悸で、息が苦しい。その胸にシャイア神の感覚が膨らんできた。
 あふれ出した虹色の光がフォースにからみつく。だが、シャイア神の力は戦士には効かないのだ、止めることはできない。自分がなんとかして止めなければならないが、気が動転していて、どうしていいのかすら考えられない。
 周りを見回したリディアの目に、草や枝が異常に伸びていくのが映った。それはどんどん生長してフォースの身体に向かい、引きはがそうとからみついてくる。その枝の一本がフォースの首に触れ、巻き付いた。
「シャイア様、駄目っ、フォースが死んじゃう!」

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