レイシャルメモリー 3-06


「だったら、どうして抱きしめたりできるのよ」
 どうしてと言われても、リディアはその理由をすぐには思いつけなかった。
 でも。痛いと言った時にやめてくれたことで、すべてを操られた知らない誰かではなく、フォースなのだと分かった。だから信じた。怖くても信じることができた。それだけのことだ。
「あんなことされても信じるって、バカじゃない」
「でも、裏切られてないわ」
 リディアが返した言葉で、リーシャは目を見開き、ムッとしたように眉を寄せた。フォースと剣を合わせた妖精が、リーシャの感情をうかがうように目を向ける。
「理由はアルテーリアとヴェーナが離れるのが嫌だ、といったところか。戦士を殺し、シャイア神を捧げ、神を有したままの神官も殺害する」
 リーシャは口をとがらし、妖精からツンと顔を背けた。
「そうしておけば少しの間自由に往き来できるんだもの。往き来ができないと、あの人に会えなくなっちゃう。それを強いられるなんて、もうイヤだわ」
 その言葉に妖精同士が暗い顔を見合わせると、ため息をついた一人が口を開いた。
「彼は、……、すでに死んでいた」
「えっ?!」
 リーシャの目が驚きに見開かれる。
「この世界では七十四年前だと墓石に掘ってあった。人間の生は短い」
「そんなことは」
 知っていると言いたかったのだろう。だがリーシャは口をつぐんだ。すべての力が抜けたように崩れそうな身体を、妖精が横から支えている。
「それでも……、それでも私はこの世界に来たい。風だって、まだあの人を覚えてる」
 リーシャのつぶやきに、リディアの胸が痛んだ。
 フォースと離れていた時の苦痛は、とても大きかった。ただ生きていて欲しくて、でも祈ることしかできなくて。それでもファルを介して文字のやりとりができたから、ずっと身近に感じられたのだと思う。リーシャは文字のやりとりもなく、長い間それを強要されてきたのだ。
 リーシャの羽の真ん中に、大きな傷ができているのがリディアの目に入った。元通りになるのだろうかと心配になる。それに気付いたのか、リーシャはフッと空気で笑った。
「あの人がいなければ、もう逃げることも追うこともない。こんなものっ」
 妖精の手をふりほどこうとして、リーシャは若い妖精二人に腕を取られた。フォースと剣を合わせた妖精が、リーシャに向き直る。
「お前が加担しているのは、影なのだぞ?」
「……、分かってるわ」
「神の選択に口を出すなど」
 横から吐き捨てるように言った若い妖精を手で制し、一番年上に見える妖精は眉を寄せてリーシャを見つめる。

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