レイシャルメモリー 3-07
「魂は同じヴェーナ、トルヴァールにいる。それでいいではないか」
死後の魂が住むとされるトルヴァールは、ヴェーナにある。人間にとって死を経験した魂が違う世界にあるのは寂しく、辛いことだ。だからこそ神を介してその魂を側に感じたいのだとリディアは思う。
リーシャはゆっくり、そしてだんだんと大きく首を振る。
「でも、でも。トルヴァールに行った魂など、それはもう彼じゃない。記憶もない、身体もない、何もかも無くしているのに!」
「寂しいのね」
思わずつぶやいたリディアを、リーシャが睨みつけた。
「あ……。ごめんなさい」
リディアはリーシャに謝りつつ、自分ならどうするだろうかと思考を巡らせる。
思い出の地は大切だし、離れたくないのはよく分かる。でももし本当に魂がトルヴァールに行くのだとしたら。思い出にしがみつくよりも、やはり少しでもその魂の側にいたいと思う。
その思考を読んだのだろう、リーシャは眉を寄せた悲しげな瞳をした。
「魂なんて、まっさらなモノなのよ? そいつも死んだらあんたのことなんて、綺麗さっぱり忘れ去るんだから!」
フォースが死んだら。そう思うだけで寂しい、悲しい思いがリディアの胸を突く。
「でも。私はこの人が好きなの。思い出してくれなくてもかまわないわ。ただ、私が側にいたいの」
離れ離れだった時もそう思っていた。同じように、死んでも側にいたいという気持ちは変わりそうにない。
「あんたの魂は死ぬことに慣れているから、そんなふうに言えるのよっ」
リーシャの声が震えている。リディアは胸に詰まる思いを必死で飲み下した。
「そうかもしれません。でも、死んだらまっさらになってしまうのでしょう? リディアとしての私は、まだ死んだことはないわ」
その言葉に、リーシャの目が見開かれた。その瞳が寂しげに伏せられる。
「私も……。私だってあの人に逢いたい。覚えてなくてもいい、ずっと好きだったって、今でも好きだって、ちゃんと伝えたい」
そうつぶやくと、リーシャはため息をついた。
「どうして。そんな一瞬で死んでしまうのよ……」
人間が相手なら、時が癒してくれると慰めることもできる。でも、リーシャは妖精だ。これからの気が遠くなるような長い年月、忘れることもできずに過ごすのかもしれない。
フォースと剣を合わせた妖精が、リーシャと向き合った。
「リーシャ。とにかく影に加担することは許さない。召喚を止めねばならないことくらいは分かるだろう」
リーシャは視線を落としたまま、微塵も動かずにいる。返事も返ってこない。
「あの男と会えなくなったのも、影のせいだというのに」
若い妖精のため息が混ざった声に、リーシャは小さく息を吐き出す。
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