レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第3部4章 夜陰の灯影
4. 静寂 01


 ライザナルの使者と会い、形だけの情報交換を終えて、サーディはヴァレスの神殿に戻ってきた。
 相変わらず、フォースは幽閉されていることになっている。使者もそれを信じて疑っていないことに、サーディは安堵していた。その間は塔の外に目を向けられることはないだろうし、危険度も少ないだろうからだ。
 後はすべてフォースに任せるしかない。そう分かっていてもなお、心配な気持ちは収まらない。きっとフォースがシェイド神を解放したという知らせが来るまで、この状態が続くのだろう。
 グレイは隣の席に座り、いつものように地下書庫にあった本を読み続けている。
 その気持ちはサーディにもよく理解できた。とにかく何かしていないと、手持ち無沙汰でやり切れない。たぶんサーディが今本を読んでいる気持ちと同じ思いを持って、グレイも本を読んでいるのだとサーディは思った。
「グレイさん」
 名を呼びつつ入ってきたのは、シスターのナシュアだ。顔を上げたグレイに歩み寄り、手にした書類を差し出す。
「受けてよろしいですよね?」
 その紙に目をやると、グレイはチラッとだけサーディに視線を向け、ナシュアにうなずいて見せた。ナシュアはグレイに微笑みを返すと、礼を残してすぐにとって返し、廊下へと戻っていく。
 グレイは何事もなかったかのように、本に視線を戻した。だが何かイライラしたように、たまに視線を寄こすのが、視界の隅に写った。どうしたのかと顔を上げ、グレイの方に首を回して見ると、グレイは大きくため息をついた。
「ナシュアさんが何を持ってきたのか、分かりそうなもんだけどな」
 ナシュアは、何か書類を持ってきて了解を取って戻っていった。それだけで何か分かるはずがない。そう考えた時、ユリアの顔が脳裏に浮かんだ。思わず席を立つ。
「今なら講堂にいると思うぞ」
 グレイはまた本に視線を戻し、静かな口調でそう言った。
 走り出したい気持ちを抑えながら廊下に入り、サーディは講堂裏へと向かった。
 ユリアがシスターになる届けを出したのだ。ナシュアがわざわざグレイに聞きに来たというのは、サーディが求婚していると知っていたからなのだろう。
 受け入れてもらえなかった。最初からシスターになると言っていたのだから、それはたぶん当然のことだ。だから問題は、これから自分自身がどうするかなのだろうとサーディは思う。
 あきらめるのか、それとも承諾してくれるまで求婚し続けるのか。だが、自分の地位で求婚を続けるのは、脅しにも似たものがあるに違いない。
 想いが届かなくても、無理に従わせるようなことはしたくない。ユリアに本意ではない道を選ばせるくらいなら、キッパリ終わってしまった方がいいと思う。
 講堂へ出るドアの前まできて、この先にいるはずのユリアを思った。届けを出したのなら、自分がここに来ることは想像がついているだろう。断る準備もできているということか。

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