レイシャルメモリー 4-02
深呼吸をして、サーディはドアを開けた。祈りを捧げているユリアが祭壇の前にいるだけで、他には誰もいない。話しをするにはちょうどいいと、サーディは思った。
後ろ手にドアを閉めた音で、ユリアが顔を上げた。少し引きつったような笑みを浮かべて立ち上がり、深々と頭を下げる。
「届け、出したんだって?」
自分でも意外だったが、なぜか笑みが浮かんだ。
「俺じゃ駄目だった、……、ってことだよね。フォースじゃなきゃ」
「いえ、いいえ、それだけは違います」
一度視線を合わせたユリアが、そう言って目を伏せる。
「最初は、リディアさんのようにすべてを受け入れていけたらって思っていましたけれど。今は自分なりに受け入れていけたらと思っています。無理がなくなったんです」
無理がなくなった。その言葉にサーディの胸で何かがゴトッと音を立てた。
「私が変われるか変われないかは、サーディ様とシャイア様、どちらを選んでも同じです。でも、サーディ様を選んだら、私はまた同じ事を繰り返してしまうかもしれません。シャイア様になら一つの希望だけで済むんです。私の理想はシャイア様の元にあるんです」
結局ユリアは何一つ変わっていない。でもむしろ、このユリアが自分の好きなユリアなのだ。そして、安心させてあげることができなかったのは、やはり自分に何か足りないからなのだろうとサーディは思った。
ユリアの視線がさらに下を向く。
「人を好きになる前に、私は自分を好きになりたいのかもしれません」
その言葉にハッとして、サーディはうつむいてしまったユリアを見つめた。
人の手を借りないと何もできない自分を好きにはなれない。サーディはずっとそう思ってきた。
自分の目になってくれるからと、父が見つけてきて教育を受けさせたフォースやグレイをはじめとする人たちも、すでに一人一人がしっかり役割を果たしている。だから騎士として、神官として存在してくれているのだと思っていた。
でも。もし彼らが何かしくじったとして、自分が持つ彼らの価値は下がるだろうか。それはキッパリ有り得ない。彼らは騎士だからではなく、神官だからでもなく、人として、友人として側にいてくれているのだ。
だとしたら。自分が彼らに返さなくてはならないのは皇帝の器を手に入れて見せることではない。一人の人間としての自分を示すことだったのだろう。
「分かるよ。俺たちには今、それが一番大切なんだ」
その言葉でユリアは弾かれたように頭を上げた。緊張していた表情がフワッと緩む。
人としてというのは、きっとユリアに対しても同じだ。まず自分が自分を認められるだけの努力を重ね、自分を好きになれない限りは、相手の重荷になってしまう。
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