レイシャルメモリー 4-06
現在は召喚される前の意識もなく、身体も完全ではないのだが、どうしても召喚前の姿を思い浮かべてしまうに違いない。できる限り自分でなんとかしなければとフォースは思う。妖精がその思考を読んだのか、苦笑を向けてきた。
「あなたは影を斬ることのみに集中してください。私たちの恨みまで、背負う必要はない」
恨みという言葉で、母の顔が目に浮かんだ。強くなりなさい、誰も恨んではいけない。母が最後に残した言葉が蘇ってくる。妖精は静かな調子で言葉を続けた。
「彼には、すべてが終わってからも手は出しません。シェイド神が解放されれば、元の人格も戻るでしょうし。身体は生きていても、影の精神は滅ぶ。恨む必要もないはずです」
フォースはうなずくと瞳を閉じた。気を落ち着かせるように大きく息をつく。
マクヴァルの皮膚を、ただ傷付ければいいと知って安堵した。だが、斬るのは皮膚ではない、マクヴァルなのだ。決して気を抜くわけにはいかない。
妖精と会話したことで高揚感は収まり、いくらかの緊張だけが残っている。
「じきマクラーンに入ります。少しでもお休みになるといい」
妖精の言葉に、眠れないまでも目を閉じたまま、気持ちを落ち着けていようとフォースは思った。
***
「これでよろしいのですね?」
石壁に乾いた声が響く。薄汚れた服の石職人の声に、マクヴァルは大きくうなずいて見せた。
「ええ。よくぞここまで美しく仕上げてくださった」
その言葉に石職人が安堵のため息をついた。マクヴァルが振り返って見た台の上に、黒曜石でできた鏡と短剣が置いてある。
鏡面はろうそくの明かりを美しく映して光り輝き、短剣は手触りや重さまでもが前に持っていた物と寸分違わない仕上がりだ。
ただ、まだ呪術を使った念を込めていない。それさえ終われば、また元のように遠見もできるし、鏡に魂を閉じこめることもできる。
フォースが何をしようと、すべて手に取るように把握できるのだ。そして、シャイア神の場所も分かるため、国を使わずとも拉致に向けて動くことができる。
「これを一体何に使われるのです?」
石職人の問いに、マクヴァルは笑みを向けた。
「部屋の装飾ですよ。仕事柄か、黒が好きでしてな。黒い鏡など、他にはありませんもので」
その答えに石職人は納得したようにうなずいている。
「まさかマクヴァル様が呪術に使われるようなことはないと思ってはいましたが。そうですか。色でしたか」
そのいくらか安堵の見える表情に背を向け、マクヴァルは冷たく眼を細めた。
「あの、それではマクヴァル様、お代を」
石職人に、ああ、と声を掛け、マクヴァルは鏡の脇に置いてあった袋を手に取った。
「これでよろしいかな?」
袋を手渡された石職人は、中をのぞいて目を丸くした。
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