レイシャルメモリー 4-07


「こ、これは! こんなに大きなモノを!」
 思わず手のひらに乗せたそれは、真っ白な球体で虹色の光を放っている。相当な高値で売れるはずだが、マクヴァルの手元には掃いて捨てるほどの数があった。
「決められた現金の方がよろしかったか」
 申し訳なさそうに言ったマクヴァルに、石職人は慌てて手を振って見せ、袋に妖精の眼球を戻す。
「い、いえ、とんでもありません。それでは、私はこれで」
 石職人は急ぎ、しかしていねいにお辞儀をすると、地下神殿へと続くドアに足を踏み出した。
「あ、こちらからどうぞ。街へはずっと近道です。脇道がありませんし、まっすぐですから迷いませんし」
 マクヴァルは石職人を引き留めると、ドアと反対側にある隙間を指し示し、小さなランプに火を入れて石職人に手渡す。石職人は頭を低くしてランプを受け取った。
「助かります。では」
 鏡の代金に妖精の眼球を寄越したマクヴァルの気持ちが変わる前にと思ったのだろう、石職人はサッサと示された石壁の隙間に入っていった。
 ランプの明かりが見えなくなるまで目で追ってから、マクヴァルは部屋の中央、石の床にある円形の図柄の側に立ち、両手を差し伸べる。
「逃げ切れれば外に出られる」
 冷笑を浮かべると、マクヴァルは口から風の音を紡ぎ出しはじめた。召喚の呪術だ。
 すぐに円の中央から黒い物体がせり上がってきた。四肢の揃った形になると、マクヴァルの声なき声に耳を傾ける。その召喚された妖精は首を巡らせると、石職人の後を追って石壁の隙間へと消えた。
 マクヴァルは召喚の術の完成度が上がっていることに笑みを漏らした。最初の頃から比べると、妖精の知能や運動能力が格段に上がっている。嫌な匂いすらもずいぶん減っていた。間違っても石職人に追いつけないことはないだろう。
 空気のような笑い声を発すると、マクヴァルは黒鏡と向き合った。すぐにでも呪術を使って念を込めなくてはならない。そうして初めて呪術の道具として力を発揮するのだ。
「最初の一人は戦士、レイクスに入ってもらわねばな」
 笑みを浮かべた口でそう言うと、呪術の本を開いて長い呪文の冒頭を探し出す。風の言語を発することにもだいぶ慣れてきた。今なら鏡を作り直すこともできるはずだ。
 まさに呪文を口にしようとしたその時、石職人の叫び声、そして何か壁にぶつけたような鈍い音が聞こえてきた。
 マクヴァルは壁の隙間に目をやり、他に何か聞こえてこないかと耳を澄ませた。だが、一撃で殺害したのか、妖精が外へと向かって歩いていく音だけが、かすかに響いてくる。
 何事もなかったかのように、マクヴァルは黒鏡に視線を戻した。
 鏡を作り終えるまでは、けっこうな時間がかかる。マクヴァルは集中し、気を落ち着かせるように一度深い息をすると、口から呪文である風の音を発し始めた。
 その風の音は外に漏れることもなく、黒い鏡面に吸い込まれていった。

第3部5章1-01へ


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