レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第3部5章 創世の末葉
1. 崩落 01


 長い時間呪文を読み続けていたマクヴァルの口が止まった。そのとたん、虫の羽音のような音と共に、目の前にある黒曜石でできた短剣が、ほんのわずか爪弾いた弦のように震える。
 呪術が完了したのだ。呪文だけに集中していたマクヴァルは、すべてから解放されたかのように、大きく息をついた。
 短剣を手に取ってみると、石職人から受け取った時と、どこも変わらないように感じる。だが、封印ができなくても短剣には刺すという行動が必要不可欠だ。封印ができなくても死んでくれさえすればいいのだ、特に気にする必要もなかった。
 問題は鏡の方だ。遠見ができなくては鏡を作り直した意味がない。マクヴァルは鏡面に触れるか触れないかの所に短剣の切っ先を向け、縦に切り裂くように動かした。そのままの向きで短剣を台に置くと、鏡に手のひらをかざす。
 マクヴァルは鏡に向かい、ブツブツと呪文を唱えはじめた。黒く輝く鏡面に、かすかに少しずつ人影が浮かび上がってくる。
 フォースを探したはずだったのだが、その影は妙に不格好で人には見えない。疑わしく思ったせいで呪文に揺れが出たのか、影はスッと消えていく。チッと舌打ちすると、マクヴァルは大きく息をついてから、もう一度改めて鏡と向き合った。
 今度は最初よりも、いくぶんハッキリ見えてきた。今度はその影がフォース一人ではないと分かる。
 幽閉といっても、ずっと一人で過ごすわけではない。もう一人はナルエスかテグゼルか。マクヴァルは出来る限り気を落ち着かせたまま呪文を続けた。
 呪文が完成したその時、ふと、鏡の向こう側に風が吹いた。フォースのすぐ側にいる誰かの長い髪がなびくのが目に入る。
 マクヴァルはその姿を凝視した。光が差したように明るくなっていく鏡面に映ったリディアが、ハッキリと確認できる。マクヴァルの身体に緊張が走った。思わずいつものようにシェイド神の力を使い、フォースに攻撃を仕掛ける。
 フォースが一瞬だけビクッと身体を震わせたが、鏡面の世界に虹色の光が満ちた。間違いなくシャイア神だ。その光のせいで、リディアの髪の一本一本までもが、いっそう鮮明に見えてくる。
 そしてそこはフォースが幽閉されているはずだった塔の中ではない。城の東側にある抜け道のようだ。
 マクヴァルは目を細めた。口元に浮かんだのは笑みだ。フォースが何をしようとしているのかは、手に取るように分かる。だがそれはマクヴァルにとって、勝機をつかめる絶好の機会でもあった。巫女がそこにいるからだ。
 シェイド神を解放される前に、シャイア神を手に入れてしまえばいい。巫女はもう、すぐ側にいる。この場所から手を伸ばすだけでいいのだ。

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