レイシャルメモリー 1-02


「神を失ってなるものか」
 マクヴァルは鏡から離れ、床の円形に手を差し出した。妖精をできる限り召喚し、神殿側と抜け道側の両方に配置しようと思う。混乱に乗ずれば必ず勝機は巡ってくる。
 マクヴァルの紡ぎ出す風の音により、また黒い物体が円の中央に盛り上がってきた。

   ***

 フォースとリディア、そしてティオを出迎えたのはアルトスだった。頭を下げただけで言葉もなく、視線で挨拶を交わし、城の中に入った。
 フォースは腕をリディアに貸し、一緒にその背中を見ながら、少し距離を開けて付いていく。ティオはその後に続いた。
 風が当たらなくなっただけで、城の中に入っても体感温度は低い。フォースは動きやすいようにと簡易鎧だけの姿になったが、リディアはローブを着けたままでいた。
「フォース、短剣を」
 少し歩いてから、リディアが耳に口を寄せて言った言葉に、フォースはうなずいた。助けてくれた妖精が、意志を伝えし剣と呼んでいた物だ。リディアは足を止めてスカートの中に手を入れ、短剣を取り出す。
 再び歩を進めながら、フォースは自分が付けていた短剣をリディアに渡した。お互い今まで短剣を付けていた場所に戻す。
 足音が遠くなったことを訝しんだのだろう、アルトスがこちらを振り返って確認した。付いてきていることを確認すると、足を止めずに進んでいく。
 妖精達とは城の手前で別れた。もしも自分がしくじったらと思うと、生まれ変わるマクヴァルを殺害し続けると言っていた言葉が大きな救いになる。
 最悪でもリディアだけは守り通したい。だが、リディアと自分の幸せは、シェイド神を解放する以外に手はない。
 できることならリディアをマクヴァルの目に触れさせたくないとフォースは思った。だが意思を伝えし剣の効力は、馬車一台を挟んだだけで落ちてしまったのだ。マクヴァルを殺さず、シェイド神を解放するために斬るには、リディアに側にいてもらう以外になかった。
 必ずマクヴァルを斬ってシェイド神を解放する。フォースは呪文のようにその言葉を胸の中で繰り返していた。
「状況は変わっていない」
 人がいなくなったところで、アルトスは足を止めず、振り向きもせずに口を開く。
「ただ、エレン様の墓所に花を供えるため、毎日レクタード様が足を運ばれている」
「毎日? 今の時間は?」
「自室にいらっしゃるはずだ」
「確認して欲しい」
 簡単に返事をすると、フォースはまわりを見回した。
 マクラーン城は非常に大きな城だ。城の内部をすべて回るには、けっこうな時間がかかるだろう。フォースはマクラーン城の一部分しか知らなかった。城に入った西側の入り口は、今回初めて存在を知ったくらいだ。そしてまだ見知らぬ場所を歩き続けている。

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