レイシャルメモリー 2-03


「これで逃げられまい」
 マクヴァルは手にした小さな壷の中身を、リディアの胸の真ん中に細くしたたらせた。
「痛っ、いやぁ……」
 黒い液体は、まるでシャイア神の光をリディアの身体に縛り付けるように、放射状に広がっていった。

   ***

 崩落した石に打たれながらも、フォースは意識を保っていた。左足は少し動かせば自由になりそうだが、右足は太ももまで埋まっている。身体のあちこちが痛むことも、逆に意識を失わない助けになっていた。暗闇の中、体勢を低くしたままで、崩落の音が収まるのを待つ。
 完全に収まっただろうことを悟ると、フォースはまわりを見回してみた。だが、光が無いためにまるきり状況がつかめない。手でまわりを探ろうとして、まだ剣を握ったままだったことに気付く。
 なんとか剣を鞘に納めたが、まわりにほとんど空間が無いのが分かった。どう動いていいか見当も付かず、ただ手であたりを探るうち、足元左側にボーッと薄く光が差してきた。その虹色の光で、それが意思を伝えし剣だと分かる。
 フォースは必死で手を伸ばし、それを拾った。短剣が光っているということは、リディアはまだそんなに遠くないところにいて無事なのだ。
 だが、安心している時間はない。その光を頼りに、フォースはまわりを見回した。自分の上に覆い被さった壁を見上げ、その緑色でティオだと分かる。
「ティオ、おい、ティオ!」
 声を掛けながら、両手で力任せに押し上げた。ウウン、と唸るような声がして、ティオの身体が上に移動し、バラバラと石や土が振ってくる。すぐ側にアルトスが倒れているのが見えた。
「フォース?」
 いくぶんボーッとしたティオの声がした。
「かばってくれたのか。引き上げてくれ」
 フォースは、つぶれた鎧のパーツを外しながら声を掛けた。この鎧のおかげで、いくらかでも怪我が防げたと思う。
 ティオはフォースの両手をつかんで引っ張り上げた。激痛に漏れそうになる声を食いしばってこらえる。ティオの顔がこわばった。
「フォース、怪我してる」
「これだけですんだのはティオのおかげだよ。リディアは無事だ、早く行かないと」
 石室に向かおうと足を踏み出し、身体の痛みで怪我のひどさを再確認させられる。
「大丈夫?」
「動ければ問題ない」
 とは言え、背中の左側と右足に、動くことに支障が出るほどの激痛がある。確かに動けはするが、無傷の人間を追いかけるほど動けるかは分からない。

2-04へ


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP