レイシャルメモリー 2-05


 見た目の怪我のひどさで動けないと判断したのだろう、マクヴァルは手にしていた黒曜石の短剣を突き出してきた。フォースがその手首を思い切り払うと、マクヴァルの手から短剣が離れ、少し離れた石の床に落ちる。マクヴァルは間を取ると、フォースの様子をうかがいながら短剣を拾った。
 フォースは、マクヴァルを追って、片を付けてしまいたかった。だが、足の傷は相変わらずジリジリとしびれている。リディアの側を離れ、マクヴァルより先に戻れなかったらと思うと、ためらいがあった。
 荒い息を立てていたリディアが、うなされるような声でフォースの名を呼んだ。フォースが後ろ手でリディアの手に触れると、リディアは拘束された手で握り返してくる。
「リディアに何をした!」
 厳しい目で睨みつけるフォースに、マクヴァルがフッと短く冷笑する。
「まだ何もしていない。シャイア神が降臨を解こうなどと考えるから、シェイド神の力で巫女の身体に縛り付けただけだ」
 振り返らずとも、リディアの胸にあった放射状の線が思い浮かぶ。それが神の力なら、シェイド神の降臨を解くことで、拘束も解けるだろうか。これだけ近くにいても、シェイド神からは何も伝わってこない。
 唇を噛んだフォースに、マクヴァルが口を開く。
「何も言わず、巫女を私に預けたまえ。私を斬れば、神の力は永遠に無くなるのだぞ? 神の制御のない自然は人に厳しい。お前にも、その巫女にもだ」
 確かにマクヴァルの言うように、神がいない世界は厳しいモノになるだろう。だが、誰もが自分の力で生きていく時は、厳しくて当たり前だと思う。人はそうやって生きてきたのだ。マクヴァルはフンと鼻で笑うと、言葉をつなぐ。
「ここに神がいるうちは、今もまだ創世はなされている途中なのだよ。お前がその思い一つで、方向を大きく変えようとしているんだぞ?」
 そう言いながら、マクヴァルは自分の胸を押さえ、その手のひらを上に向けた。そこに闇の球体が膨れあがる。フォースは短剣に手を掛けた。
「神から自立するか、神の力で脅され支配されるか、どっちにしたって方向は大きく変わる。どっちを選んだ方がいいかは明白だ」
「脅す? 支配だと? 違うな。神の力は神として使うだけだ。そこにあるのは信仰だよ」
 マクヴァルは怒りのせいか目を細め、フォースに向けて大きく膨れたシェイド神の力を放った。フォースはシャイア神の短剣を抜いて、それを剣身で受け止める。短剣の切っ先で、闇が虹の光に吸収されていく。上半身を動かしたせいで、背中の傷が痛んだ。
「都合の悪いモノは滅ぼし、都合がよければ利用する。これが神のすることかっ」
 フォースは両手を広げ、ザッと部屋の惨状を見回した。マクヴァルの顔が歪む。召喚された妖精の死体が、そこかしこに転がっているのが嫌でも目に入る。

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