レイシャルメモリー 2-07


 フンと鼻で笑ったマクヴァルを見て、フォースは短剣を握る手に力を込めた。マクヴァルの身体に傷を付ければいいのではない。マクヴァルを斬らなくてはならないのだ。
 シェイド神の力を近距離で受けたフォースのダメージは大きかった。苦痛は一瞬だが行動にも支障が出たのだ。だからこの間はありがたかった。だが動悸は収まっていない。
 フォースが肩で息をしているのを見て取ると、マクヴァルは笑ったのか、かすかに目を細めた。
「新しい鏡に封印する最初の一人にしてやる」
 やはり鏡は存在しているのだ。だが、封印などされるわけにはいかない。
 自分は必ず無事でいなくてはいけない。リディアにほどこされたシェイド神の呪縛を解かなくてはならないのだ。それに、どんなことがあっても、リディアをマクヴァルに渡したりはできない。
 自分はきっと、この時のために剣を取ったのだ、とフォースは思う。
 最初の動機もそうだった。母の命を守れるだけの強さが欲しかった。母を殺したカイラムが、恨みで剣を手にしなくて済むように、その生活を守る力が欲しかった。
 今も同じだ。人に脅威を与える存在を許したくない。この世にいる限り恐怖や恨みから逃げられない、亡霊にも似たマクヴァルを、心落ち着ける場所へと送ってやりたい。そしてなにより、愛する人を、そのすべてを守り通したい。
 ここに来るまでは、妖精達の力を借りた。アルトスの力もティオの力もだ。自分の、そして剣の力だけでは、今ここにはいられなかった。
 その自分を支えてくれる力もすべて含め、自分が信じるモノを守るだけの力が持てたのか、今ここで分かるのだ。絶対に負けるわけにはいかない。
 気を引き締めるために一度ゆっくり息を吐くと、フォースはマクヴァルを見据えた。マクヴァルは右手に短剣、左手にシェイド神の闇を膨張させつつ間を詰めてくる。
 切っ先が届くか届かないかのところで、マクヴァルは神の力を放った。短剣で受けつつ黒曜石の剣の行方に集中する。力の陰を通って突き出された黒い剣身に、短剣をぶつけて受けた。黒い破片が飛ぶ。
 マクヴァルは舌打ちすると、フォースの目の前に闇を飛ばした。その闇を斬り進んで踏み込むと、フォースはマクヴァルの腰の辺りを薙ぐ。黒い神官服が口を開けた。
 よほど焦ったのか、マクヴァルは俊敏に身体を引いた。マクヴァルまでの距離が大きい。フォースが足を踏み出すと、同じように一歩あとずさる。逃げられたら追えない。体勢を立て直されては、対抗できない。
 不意に神官服の黒い影が入り口から飛び込んできた。サッとマクヴァルに寄ると、後ろから抱きつく。
「何をするっ?!」
 離れようと抵抗してマクヴァルが暴れると、後ろの男は辛そうなうめき声を上げた。ジェイストークだ。

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