レイシャルメモリー 2-09


 ――我をシャイアに――
 シェイド神の声がフォースの頭に響いた。
「渡せばいいんだな?」
 思わず声に出して答え、フォースはなんのためらいもなくリディアに口づけた。
 ほんの少しの間に癒着してしまったかのように、シェイド神が自分の心ごと千切れる感覚がある。自分の存在が根の部分から消えて無くなりそうな強迫観念にさいなまれる。そのやるせない思いに耐えなくてはいけないのかと茫然とする。
 リディアの手が首に掛かり、肩に触れた。その手の動きに、自分はここに存在しているのだと教えられる。その感触に集中することで、気持ちはいくぶん楽になった。
 フォースから離れたシェイド神は、口を伝ってリディアに乗り移っていく。少しずつ浮き出てきた呪縛の糸が、皮膚の外に現れてきた。それは液状に戻り、身体を伝って流れ落ちる。何事もなかったかのように、リディアの白い肌が戻ってきた。
 自分の中にいたシェイド神がすべて出て行くと、フォースは唇を離した。すぐ側にあるリディアの瞳と視線が合う。
「フォース……っ」
 フォースに手を回し、身体を寄せたリディアを、フォースは力の限り抱きしめた。シャイア神の光が膨張と収縮を繰り返しているのが見える。
「大丈夫か?」
「シャイア様が……。戻れないみたいだわ。いらっしゃる場所が、変なの」
 リディアは苦しそうに、でも必死で息を潜めている。少し前に体験した神が離れていく感覚を、リディアが感じているのだとフォースには理解できた。
 だが、自分が感じたのはあくまでも一部分だけだ。シャイア神がまるまま降臨している上、降臨を解き損ねているのだから、リディアはひどく辛いだろうとフォースは思う。
「リディア」
「平気、平気よ……」
 リディアは、心配げなフォースの顔を見てそう言った。だが繰り返している浅い呼吸は、その言葉とは裏腹にとても苦しげに聞こえる。リディアがかき合わせている服の隙間から、白い肌が上下しているのが見えた。
「ジェイ、何かリディアの身体を隠すモノを」
「御意。……、あの、これでもいいでしょうか?」
 ジェイストークは自ら神官服を脱いでフォースに渡した。ありがとう、とそれを受け取り、リディアの肩から掛ける。相変わらず虹色の光が、リディアの肌で膨張と収縮を繰り返す。
 もしもシャイア神がリディアの身体に戻れないのなら、逆に追い出す以外に方法はないのかもしれない。
「もう少しのあいだ我慢して」
「もう、……少し?」
「降臨を解こう」
 フォースの言葉に力なく目を見張ると、リディアは頬を赤らめて微笑み、静かにうなずいてみせた。

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