レイシャルメモリー 4-07


 その実地訓練にルジェナ・ラジェス領というメナウルとの国境が選ばれたのは、フォース自身がメナウルの人間だと思っているからこそ半端なことはできないと分かっているからなのだろう。
 このままうなずき続けたら、たぶん間違いなく皇帝の地位が待っている。フォースは黙ったままのレクタードに視線を向けた。
「何か言えよ」
「私は父上に従います」
 予想通りの答えが返ってきて、フォースは吐き出したいため息をこらえた。フォースの真剣な様子を見て、レクタードはククッとノドの奥で笑う。
「だってスティアと暮らせるんだ。あまり忙しいのもな」
「はぁ? てめっ、何ボケたことぬかしてんだ?!」
「素に戻ってるよ。兄上」
 そう言って笑っているレクタードが、腹の中で何を考えているのかは分からない。だが、どちらが継ぐなど、実際その時になってみないことには話し合いようもないのだ。
 皇帝という地位には、確かに魅力がある。自分の手で神と切り離した世界を、自分の力で守っていけるなら、どれだけの努力も惜しくはない。
 もちろん、簡単ではないことも分かっている。フォースには、リディアにも様々なしわ寄せが行くだろうことが一番の問題だった。
 だが。皇帝という立場になくても、努力はすればいいのだ。むしろ今までのように大きく動けるのは間違いない。
 フォースがリディアの心情をうかがうように視線を向けた時、リオーネとニーニアがお茶を持って戻ってきた。
 フォースの前にはニーニアがお茶を置いた。ありがとう、とフォースが礼を言うと、ニーニアは無言で小さくお辞儀を返す。
「ああ、それと」
 クロフォードはリディアに笑みを向けると、すべてのお茶が置かれるのを待たずに、フォースに向かって口を開く。
「さっさとリディア殿との婚儀を執り行わないとならん」
 許しを得ようと思っていたところにその言葉だ、フォースは呆気にとられてクロフォードを見つめた。リオーネとニーニアが部屋の奥へ移動するのをチラッと見て、クロフォードはフォースと向き合う。
「夕焼けの空を闇が覆ったのも印象深かったが、日が落ちて光が立ちのぼったのは、さらに衝撃的だったからな。事情は聞いて知っているが、このまま話も出ないのでは妙な噂にもなりかねん」
 真剣に話すクロフォードから顔を逸らし、レクタードは笑いをこらえている。フォースはその様子を見て、クロフォードが何を話しているか、ようやく頭の中に入ってきた気がした。
「従来通りマクラーンでと思ったが、ルジェナがいいだろう。領主もやってもらうことだし、メナウルの王子に出席いただければ、ついでに休戦協定も結んでしまえる。メナウルに入る前に、準備を進めるよう指示しておけばいい。戻ったらすぐに婚儀だ」

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