レイシャルメモリー 4-08


 クロフォードは言葉を切ると、身を乗り出すようにして訝しげな顔をフォースに近づける。
「どうした? なぜ何も言わん?」
「い、いえ、そうさせていただけるのなら、それで……」
 フォースはそう答えると、うつむいているリディアの顔をのぞき込んだ。リディアは恥ずかしげにフォースと目を合わせるとわずかに微笑んでうなずく。クロフォードがポンと手を叩いた。
「よし。それで決まりだ。式はどちらの国の流儀でもよいぞ。ルジェナの神殿には、洞窟を作り付けてはいないから、ライザナルのやり方は略式でしかできんしな」
 願ってもないほど自分に都合のいい提案に、フォースは不気味な思いが湧き上がってくるのを感じた。だが、それを口にするのははばかられるし、本気で歩み寄ってくれているのなら断るわけにはいかない。
「ただ、式後は一度マクラーンに来てもらうよ。民衆に披露目をしなければならん」
 そのクロフォードの言葉にも、まだ何か妙に釣り合いが取れていない気がしたが、交換条件が付いていたことが分かると、フォースはいくらか安堵した。分かりました、と礼をすると、クロフォードは満面の笑みで大きくうなずく。
「これで少しは肩の荷が下りたよ。エレンに何もしてやれなかった分、お前を幸せにしてやりたいのだ」
 フォースはその言葉に笑みだけ返した。自分はすでに充分幸せなのだと思っている。様々な過去があったからこそ、今があるのだ。
 ライザナルで産まれたことも、メナウルで育ったことも。神の守護者という一族の血を引いていることも、ライザナル王家の血が入っていることも。
 だからこそリディアと出逢うことができ、神からも戦からも守り通せるのだろうから。どこか一つが欠けていたら、今こうしてかげりのない幸せを手に入れることは、できなかっただろうから。
 リディアはフォースに笑みを向けると、身に着けていたペンタグラムを取り出し、手のひらに乗せてクロフォードに差し出す。
「これをお返しします」
 クロフォードはそれを見て目を丸くした。リディアに一瞬だけそのままの視線を向けると、その石を受け取る。
「これは。私がエレンに贈った石か? そなたが持っていてくれたのか?」
「元はレイクス様がお守りとして持っていました。こちらに来る時に私のお守りと交換しましたので、それからは私が」
 リディアがそう答えると、クロフォードは、そうか、とうなずいてその石に見入った。
「これを、私に?」
「はい。元々エレン様の石ですから陛下にお返しすることに。レイクス様と相談して決めました」
 リディアにその名前で呼ばれるのが、フォースにはくすぐったく感じた。その名前を自然に呼んでくれるのは、ライザナルでこういう立場にいることも、違和感なく受け入れてくれているのだろうと思う。

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