レイシャルメモリー 4-09


 クロフォードは、ため息のような、だが笑みを浮かべて大きな息をつくと、リオーネを振り返る。
「しまっておいてくれ」
 その言葉を聞くと、リオーネはクロフォードの側まできて、そのペンタグラムを受け取った。
 リオーネは部屋の奥まで行くと、鏡の前にある宝石箱のフタを開け、中に入っていたいくつかの宝飾品を横のトレイに置いて、空いた宝石箱にペンタグラムをそっと入れた。それを見つめていたクロフォードは優しい笑みを浮かべ、礼をしたリオーネに、ありがとう、と声を掛ける。
 クロフォードには母エレンがいなくても、もう大丈夫だ。支える家族もいて、今は幸せなのだとフォースは思った。
 自分がいなくてもレクタードが皇帝を継げば、それですべて丸く収まるだろう。いくら自分が第一子でも、神の子などという、あってはいけない慣習が絡んでいるのだ。しかも、自分もリディアもメナウルの人間なのだから、やはりレクタードが皇帝を継ぐのが一番だと思う。
 だが、今それをわざわざ表明しなくてもいいのかもしれない。実際自分が国境にいれば、メナウルとライザナルにとって、なにかと便利ではあるし潤滑剤にもなれる。しかも自分が前に立つことで、リオーネやタウディの悪い噂の印象も薄れることは間違いない。
 二つの国が上手くやっていけるようになってから、そこであらためて皇帝とは別の道を選べばいいことなのだ。
 これからの世界がどう変わるのか、それが自分の評価に大きく関わってくる。フォースは、自分が影からライザナルを救った英雄のままでいられるとは、どうしても思えなかった。その頃にはリオーネやデリックの事件も忘れられているだろうし、クロフォードの心情も変化しているかもしれない。すべては変わっていくのだ。
「では、メナウルへ向かう準備をいたしますので、これで」
 フォースはそう言って席を立ち、リディアの手を引いた。クロフォードもレクタードも立ち上がる。
「疲れているだろう。メナウル行きは、せめて疲れが取れるまで休んでからにしろ」
 クロフォードの言葉に、フォースは頭を下げる。
「ありがとうございます。では、三日ほど休ませていただいてから発ちます」
「気が早いなぁ。そんなに早く結婚したい?」
 レクタードの苦笑に、フォースは笑みを返した。
「スティアに早く会いたいだろ?」
「そりゃあ」
 弾みで返事をしたのか、それだけ言うとレクタードは乾いた笑い声をたてる。
「ルジェナに付いていってもいいかな」
「もちろん」
 フォースがうなずくと、今度はクロフォードが顔を向けてきた。
「私たちはお前達の婚儀に間に合うように出立することにするよ」
 フォースは、はい、とうなずくと、リディアとていねいなお辞儀をして、クロフォードの部屋を出た。

第3部6章1-01


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP