レイシャルメモリー 1-04


 フォースが皇帝になることに二人がこだわるのは、たぶん母エレンを記録に残し、その存在を確固たるものとして認識したいからなのだと思う。
 記録として考えるならば。載せたいのがライザナル王家の家系図に限定されるなら、自分が皇帝にならなければどうしようもないのかもしれない。だが限定しなければ、神がライザナルを離れるきっかけを作ったのだ、黙っていてもどこかに残るだろうと思う。
 記憶しておくための記録なら。母エレンの記憶は、すでに誰もが持っている。日々薄れもするだろうが、何かきっかけがあれば鮮明に思い浮かぶ瞬間もある。
 だが。大切に抱えていることができて、少しずつ消えていくものが、人間にとって幸せな記憶なのかもしれないとフォースは感じていた。
 種族の記憶として存在したあの詩は、消したくても消すことができず、存在を思い出してから今まで、一時も解放されなかった。事が済んだ今になってから、ようやく忘れることを許された気がするせいで、そう思うのかもしれないが。
「どうかしましたか?」
 いくぶん心配げな顔で、ジェイストークがフォースの顔をのぞき込んだ。フォースは笑みを浮かべてジェイストークを見上げる。
「本当によかったと思ってるんだ。ここで産まれて、メナウルで育って、神の守護者で、ライザナル王室の血も引いて。どれか一つ欠けていたらと思うとゾッとする」
 自分がさらわれたときの記憶がアルトスに残ったまま消えていかないならば、それは間違いなく不幸なことだ。それを払拭できるのは母エレンがいない今、自分以外にはないのかもしれないとフォースは思った。
「ここで産まれて何事もなくここで育てば、それで幸せだったかもしれないんだぞ?」
「あれは選択肢じゃない。不可抗力だ」
「さらわれた時の状況を知っていたのか」
 アルトスは隠そうともせず、あからさまに顔を歪める。
「お前には不可抗力だっただろうが、私には違う」
「いや。アルトスにもだ。どっちにしろ母はライザナルを出たよ」
 その言葉にも、アルトスの眉をしかめた表情は変わらなかった。予想通りの反応に、フォースは苦笑する。
「納得してくれる状態で出たら、アルトスは今ほど強くならなかったかもしれない。出るために裏切るような状況だったら、母は逆にアルトスに殺されかけていたかもしれない」
「出ない、という選択肢は思いつかんのか」
 その冷ややかな声に、フォースはアルトスを見やった。
「そうはならない。必ず出ることになるんだ」
「なぜそう言い切れる?」
「俺がそうだったから」
 肩をすくめたフォースに、アルトスが訝しげな顔をする。ジェイストークが、いつもよりいくらか控え目な笑みを、フォースに向けた。
「あの詩には、それほどの拘束力があったと……」
 フォースはジェイストークとアルトスに視線を走らせ、うなずいてみせる。

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