レイシャルメモリー 1-06


 リディアは奥の方にある椅子に腰掛け、ペンを持ったまま顔を上げた。フォースに微笑みかけると、ドレスの形の説明でもしているのだろうか、採寸に来た女性の一人と向き合って、また話しを再開する。
「レイクス様、こちらへ」
 疑わしく思いながら歩を進めると、採寸に来たもう一人の女性が側に立って頭を下げた。
「採寸させていただきます」
 その言葉に、フォースは思わず目を丸くした。
「は? 俺は別になんでもいいって」
「そういうわけにはまいりません。リディア様のお召しになるドレスと見合った式服を、ご用意させていただきます」
 見合った衣装というのが、全然頭に浮かばない。ただイージスが言っていた、金糸銀糸での刺繍や石を縫いつけたり、という言葉が思い浮かんでくる。
「あまり派手なのは……」
「ご心配くださらなくても、過度な装飾は避けるようにと、リディア様に言い付かってございます」
 女性に名前を上げられ、リディアはもう一度顔を上げてフォースに笑みを向けた。フォースは思わず微笑み返し、採寸の拒否ができなくなる。ため息をつき、顔を引きつらせたことに気付いたのか、イージスが控え目に息で笑った。
「見合った式服を身に着けていただかないと、リディア様がお可哀想ですよ」
「え。可哀想……?」
 確かに、そう言われればそうかもしれないと、よく分からないだけに思ってしまう。
「リディア様のご婚礼のお姿を拝見できるのが楽しみですね」
 イージスはフォースの後ろに回り、上着を脱がせにかかった。フォースは思わずそれを避ける。
「いい。自分でやる」
 フォースは上着を脱いで肩の部分を合わせ、ベッドに放った。イージスが苦笑しているのが目に留まる。
「なんだよ」
「すべておまかせくだされば、よろしいですのに」
「それじゃあ落ち着けない」
「なんでもお一人でされてしまわれては、周りの者が落ち着けません」
 イージスの言葉に、返す言葉が見つからない。フォースは黙ったまま、おとなしく採寸を受けた。

   ***

「出発の予定は変更なさらなくてもよろしいでしょうか」
 ドアの前に立って振り向いたジェイストークが、明朝に迫った出立についてたずねてくる。フォースはソファにいるリディアを振り返り、その笑みを見てからうなずいた。
「では、明日の朝まいります」
 ジェイストークが礼を残して出て行き、フォースは身体の空気を吐ききるほど、大きく息をついた。それからドアに鍵をかける。
 リディアを振り返ると、ソファを立ち上がり、部屋の奥へと向かっていた。厨房へのドアを開け、リディアが振り返る。

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