レイシャルメモリー 2-06


 ソーンが嬉しそうに笑いながら部屋を出て行くと、その女性はリディアに視線を向けてくる。
「新しく来た人かい?」
 無視してソーンを追いかけることもできず、リディアは、はい、と軽く頭を下げた。
「あの、この部屋は」
「領主様の寝室だよ。さっき到着されたそうだから、しっかり掃除しておかないとね」
 そう言うと、手にした雑巾で再び棚を拭きはじめる。
「その格好じゃあ、綺麗すぎて掃除も頼めないよ」
「あ、お気遣いすみません。このままでかまわないです」
 リディアは部屋を見回すと、置いてあるバケツに歩み寄った。中に入っている雑巾を取り出して絞る。
「あんた、もしかして領主様狙いかい?」
 不意にかけられた言葉に、リディアはうろたえた。
「え……。そういうのって、本当にあるんですか?」
 絞った雑巾を抱きしめて、リディアは女性に問い返す。
「違うのかい? 綺麗にしてるから、てっきりそうだと思ったよ」
 冷めた笑いを浮かべ、女性はリディアに向き直った。
「まぁ、領主様はお若いんだそうだから、あんたくらい綺麗なら上手くいくかもしれないよ?」
 どう返事をしていいか分からず、リディアは苦笑した。ただ、今のやりとりでは本当にありそうだと思い、不安が増してくる。
「あれ? レイクス様!」
 ドアの外側にソーンの声が響いた。
「お話しは済んだのですか?」
「粗方済んだところで抜けてきた。いっぺん休ませろってんだ。次から次へとまったく」
「リディア様を探してこられたんでしょう?」
「え。……、ああ、まぁ」
 フォースの返事に、ソーンが楽しそうな笑い声を返している。
「ばあちゃんが大丈夫って言ったら大丈夫ですよ」
 タタタと駆け寄ってくる音がして、ソーンがドアから顔を出した。
「レイクス様がお越しです」
 その言葉で女性達がオロオロしだし、壁際に集まっている。
「さぁ、新入りさんも早くこっちに来て頭を下げて。新しい領主様が」
 女性がリディアの手を取った。そこにフォースが入ってくる。
「なにやってんだ?」
「あ、フォース。早かったのね。まだなんにもしてないわ」
 フォースの後ろから、ソーンも部屋に入ってきた。
「おばさん? この人リディア様だよ?」
「ええっ?!」
 女性は驚いてリディアの手を放す。リディアはていねいに頭を下げた。
「リディアと言います。これからよろしくお願いします」
「ソーン! それを早くお言いよ!」
 女性が慌てて深々とお辞儀を返してくる。
「し、失礼しました。あ、あの、どうかお許しを」

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