レイシャルメモリー 2-07


 その状況に、フォースはリディアに視線を向けた。
「リディアに何かしたのか?」
 リディアに向けられた問いだったのだが、女性は身を凍らせてフォースを見ている。リディアは慌てて首を横に振った。
「違うの、私が名乗らないで掃除をしようとしたから気にしてくださっているんだわ。だから、むしろ私が謝らなきゃならないの」
 ごめんなさい、と、リディアは女性に頭を下げ、手にした雑巾をフォースに見せた。
「それに、まだ雑巾を絞っただけなのよ?」
 フォースは苦笑すると、顔を引きつらせている女性に向き直り、軽く頭を下げる。
「驚かして申し訳ありません。責めるつもりは無かったのですが」
「い、いえ、とんでもございませんっ。私こそ無礼なことを……」
 女性は頭を下げっぱなしになっている。
「どうかお気になさらずに」
 フォースがもうひとこと声をかけた時、開いたドアにノックの音がした。ジェイストークだ。
「レイクス様、ちょっと」
 フォースは、失礼します、と言い残してドアへと向かう。半分頭を上げた女性の耳に、リディアは少し屈んで口を寄せた。
「知られても怒ったりはしないと思いますけれど、さっきのは秘密にしましょう」
「リディア様」
 女性は胸の辺りで両手を組み、涙目でリディアを見つめてくる。リディアは軽く頭を下げた。
「これから、どうぞよろしくお願いします」
「い、いえ、こちらこそ誠心誠意働かせていただきます。なにとぞよしなに」
 リディアは肩に手を置き、顔を上げた女性に笑みを向けた。やっとその表情が緩む。
「これは私が」
 女性は笑顔でリディアの手にした雑巾を受け取る。
「リディア?」
 フォースの声に振り返ると、すでにすぐ側まで駆け寄ってきていた。二、三歩歩み寄って向き合う。
「これから、ここと隣に荷物を搬入するらしい」
「隣?」
「リディアの部屋だよ」
 思わず部屋を見回したが、出入り口以外にドアは見えない。まるきり別個の部屋だと、誰が出入りしても分からないだろう。掃除の女性の心配は、こういうところにもあるのかもしれないし、もしくは前の領主に浮気の前例でもあったのだろうと思う。
「で、事後承諾で悪いんだけど、メナウルに行っている間に、そこにドアを作ってもらうことにしたよ」
 フォースが指差した壁を見て、リディアは思わずクスクスと笑った。
「え。変?」
「そんなこと無いわ」
 リディアが肩をすくめると、掃除の女性がホッと胸をなで下ろしている。やはり予想通りだったのだろう。
「それと、リディアの部屋の方、入り口のドアをふさいじゃったら駄目かな」

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