レイシャルメモリー 2-09


「建物の中なのに、散歩をしているみたいね」
 不意に足を止めたフォースに、つないだ手を引かれて向き合う。見下ろしてくる顔に、笑みが浮かんだ。
「でも、これだけ広けりゃ、どの部屋に行こうが二人でいられる」
 微笑んでうなずいたリディアの頬に、フォースの手の暖かな体温が添えられる。
 視界の隅で小さな影が動いた。フォースと二人で振り返ると、掃除の女性ともう一人、部屋の場所からこっちを見ている。思わず二人で声を潜めて笑い合う。
「行こう」
 手を引かれて階段へと入った。女性から影になり、見えなくなっただろう場所で、いきなり抱きすくめられる。頬と、そして唇に、フォースの唇が触れた。
 抱きしめられる腕の強さに、触れてくる唇の優しさに、身体の奥が溶けていくような安心感がある。合わせているフォースの身体から、鎧の冷たさではなく体温が伝わってきて、胸の中に熱を溜め込んでいく。離れた唇の間から吐息が漏れた。
 微笑みを交わして階段を上がる。リディアはフォースの一段後ろを上った。手を引いてくれる力が心強い。
「ヴァレスに発つのは三日後だよ。ここからならその日のうちに着く」
 振り返って言ったフォースの顔を見て、自然と笑みがこぼれる。
「早くみんなに会いたいわね」
「ああ」
「ブラッドさんにも会いに行きましょうね」
「そうだな」
 その返事がいくらか緊張しているように聞こえ、どうしたのだろうかと、リディアはフォースが口を開くのを待った。
「シェダ様とミレーヌさんにも、お会いしなきゃならない」
 その言葉を聞いて、リディアは少しホッとした。父シェダは城都にいるはずなのだ。
「それはまだ考えなくていいわ」
「いや、ヴァレスにいらっしゃるんだそうだ」
 思わず足が止まった。フォースがもう一度振り返る。
「父がヴァレスに? どうして?」
「たぶん、リディアの無事な姿を見たいんだと思うよ。城都の家には来るなって言った手前、普通に会えるのはヴァレスだろうから」
 自分のノドが、ゴクッと音を立てた気がした。足が動かない。
「きっとまた罵倒されるわ」
 そう言って言葉を詰まらせたリディアの横にフォースが並んだ。フォースはつないだままの手を引き寄せ、指にキスをする。
「かまわないよ」
「でも、……」
 シェダがフォースを悪く言う言葉を、どうしても聞きたくないとリディアは思う。
「大丈夫。そんなことより、どうにかしてジェイやイージスのいない状況を作らないと、シェダ様の命が危ないかもな」
 その言葉に、リディアは思わず目を見張った。そうなのだ。フォースの立場は前の時と全然違う。
 ふとフォースを見ると、困惑している自分に微笑みを向けていた。その微笑みで、いつの間にかシェダを心配している自分に気付く。

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