レイシャルメモリー 2-10


「そういう状況は作るし、シェダ様を大事にしたい気持ちくらいは伝わるよ」
 そうだといい、と思いながら、リディアはうなずいた。フォースの唇を手のひらにも感じ、激しくなった動悸を押さえてフォースを見上げる。
「じゃあ。行こう」
 膝の裏に腕を差し込んでいきなり横向きに抱き上げられ、リディアは息を飲んだ。首にしがみついた腕の間に顔を隠すように埋めると、フォースは階段を上りだす。
 状況は変わっている。でもきっとシェダは、また何かひどいことを言うだろうと思う。
 許しを得るためだけに、フォースを傷付けたくはない。それを思うと、恐怖すら感じてしまう。フォースの首に回した手に、無意識に力がこもった。
「何も心配いらないよ。言っただろ? 俺はリディアさえ側にいてくれるなら、なにを言われても全然平気だ」
 その言葉でリディアは、城都でのフォースの態度を思い出した。罵倒されても怒りを微塵も見せず、けんか腰になった自分をただ見守ってくれていた。
「反対してくれて、俺にはむしろ幸運だよ。それだけリディアとの絆も深まる。意地でも離れないって思ってもらえる」
 リディアは思わずフォースを見つめた。穏やかな表情がそこにある。
「それに、いくらなんでも五、六回も行けば、怒るのも面倒になるだろ。子供ができたりしたら、見せびらかしにも行ってやろう」
 その言葉で、顔に出さずにフォースらしく怒っているのかもしれないとリディアは思った。可笑しさに自然と笑みが溢れてくる。フォースの表情にも微笑みが浮かんだ。
 光が差し込み、フォースはまぶしそうに光の方向に視線をやった。塔の上まで来たのだろう。
 身体を抱いた方の手で支えられながら、足をそっとおろされる。光を振り返ったリディアの視界に、乱反射する水面が飛び込んできた。引き寄せられるように塔の端まで足を進める。
「凄いわ……」
 城を囲む湖が輝き、森の緑が風に揺れている。その向こうにディーヴァの山々も、美しく青い肌をさらしていた。フォースを振り返ると、真面目な顔で周りを見回している。
「どうしたの?」
「あ、いや。ウィンが私設の軍でも作って攻めてくるとしたら、どんな策をとるだろうかと思って」
 その意外な言葉に、思わずキョトンとフォースを見つめた。
「でも、私設の軍なんて規模じゃ無理だよな。結婚式にでも呼べば分かってくれそうだけど、どこにいるんだかな」
 フォースなら本当に呼びそうだと思うし、ウィンという人なら本当に偵察に来そうだと思う。だが前に会った時からすでに、二人の間に憎しみは感じない。
「来てくれるといいわね」
 そう言って湖に視線を戻すと、後ろからフォースに抱きしめられた。ぬくもりが背中から伝わってくる。
 幸せがどんどん大きくなっている。それを伝えたくて振り返った唇に、フォースの唇が重なった。

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