レイシャルメモリー 3-02


「ここだけでいいんだ。後はすべてまかせるから。ジェイには一緒に行ってもらう。頼むよ」
 テグゼルはジェイストークと視線を交わして小さくうなずくと、御意、とひとことだけ残して元の位置へと戻った。ジェイストークが顔を寄せてくる。
「神殿に入る時に、追い出したりしないでしょうね?」
 その言葉に、フォースは苦笑を向けた。
「まさか。一緒に入ってくれていい。けど」
「けど? なんですか?」
 ジェイストークは、訝しげにフォースの顔をのぞき込んでくる。
「中での会話や行動一切を、誰にも漏らさないで欲しいんだ」
 理由に思いついたのか、ジェイストークはしっかり一度うなずくと、笑みを浮かべた。膝掛けの下でつながれたリディアの手に、ほんの少し力がこもる。フォースはリディアの手をそっと握り返した。
 神殿の鐘塔が近づいてくる。速度を落とした馬車の列は、神殿の正面でキッチリ止まった。
 テグゼルが開けたドアから、フォースは一番先に降りて振り返り、リディアに手を差し出した。たぶんアルトスのように従者に見えると文句を言いたかったのだろう、テグゼルとジェイストークが眉を寄せた視線を交わしている。それを無視し、フォースはリディアと一緒に神殿裏へと足を向けた。
「ど、どこに行くんですか?」
 後をついてくるジェイストークが、少し上擦った声をあげる。
「裏だよ」
 そう答えてから、正面でなくてはマズいのかと思い当たった。だが、結婚の許しを得に行くのに神殿正面から入っていくのは気が引ける。フォースは気付かない振りで先を急いだ。
 神殿に来るならここからだと思っていたのだろう、扉の左右に、アジルとブラッドが見える。懐かしい顔に頬が勝手に緩む。アジルとブラッドからも、今にも大声で笑い出しそうな笑顔が返ってきた。
「ブラッドさん。よかった……」
 リディアが小さく感激に震える声を絞り出すと、ブラッドは笑みを浮かべたまま礼を返した。アジルとブラッドは、敬礼をして扉に手をかける。
「行ってもいいですかね? ライザナル」
 扉を開けながらアジルが言った言葉に、フォースは後ろのジェイストークに気付かれないよう、親指を立てて見せた。
 開いた扉の間から、こちら側を向いたソファに座っているシェダとミレーヌが目に入った。
「では、ここでお待ちしています」
 振り返って見ると、ジェイストークは扉の向こう側から敬礼を向ける。その姿をさえぎるように、後ろの扉が閉められた。

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