レイシャルメモリー 3-08
廊下の壁は人で埋まっていた。ライザナルの皇太子がフォースだと知って驚く者、目が合って笑い出しそうになる者、目配せをしてくる者など、それぞれ様々な反応を返してくる。
中には完全に無表情な者、冷たい笑みを浮かべる者、睨むように鋭い視線を向ける者もいる。フォースは、視界の隅でその感情を受け止めながら、ただ毅然として見えるように心がけた。
謁見の間のドアが開かれる。その向こうには廊下よりも多くの人、そして正面の席にはメナウルの皇帝ディエントがいる。一礼して入室すると、フォースはディエントの前まで進んで深く礼をした。
「レイクス殿、こちらへ」
ディエントの声にもう一度礼をして側まで行くと、ディエントは立ち上がってフォースを迎える。
「休戦協定、及び皇女の婚嫁についての親書を、クロフォードより預かってまいりました。どうぞお受け取りください」
フォースは手にした親書をディエントに差し出した。ディエントは大きくうなずいて親書を受け取る。
「次期皇帝であるレイクス殿が出向いてくださるとは」
その言葉に、フォースは思わずディエントを見つめた。その顔が笑みで満たされる。
「フォースとしての話しも聞きたいのだが、よろしいか?」
はい、と頭を下げながら、フォースは身体の余計な力が抜けた気がした。ディエントが立ち上がる。
「では奥に」
フォースはディエントに、奥の部屋へと促された。ジェイストークが不審げに眉を寄せるのを視線で制し、フォースはリディアと控え目な笑みを交わす。
「申し訳ないが、少しお待ちいただきたい」
そう言い残し、ディエントは先に立って歩き出した。フォースはその後に続く。
奥のドアから廊下に出て、その隣にある応接室に移動していく。ディエントは見張りの騎士に部屋の外にいるように言い付けて入室した。フォースが部屋に入ると、廊下の騎士がドアを閉める。
「王家の暮らしには慣れたか?」
そう問いを向けながら、ディエントはまっすぐ部屋の隅にある小さな机に向かい、ペーパーナイフを取り出して親書を開封している。
「いいえ。恥ずかしながら、まだ何かにつけて戸惑いが」
フォースの答えに、ディエントは苦笑した。封書から中身を取り出して、ディエントはフォースに視線を向ける。
「まぁそれは仕方がないか。私も家具の配置が変わるだけで戸惑う」
その言い様に、フォースの緊張がいくぶん緩む。
「今は何を?」
「はい。ルジェナ・ラジェス領を統治するようにと」
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