レイシャルメモリー 3-09


「そうか。覚えるには実施が一番だ。それ以上に、君が国境近辺にいてくれるのはありがたい」
 笑みで目を細めてそう言うと、ディエントは開いた親書に視線を落とした。文面に目を走らせながら、うなずいている。
「私が生きているうちに終戦を迎えることができそうだ。次期皇帝の婚礼と合わせて休戦協定を結ぶというのは名案だな。どちらもが記憶に残る」
 フォースは黙ったまま礼をした。次期皇帝という言葉がどうしても引っかかる。
「スティアの婚嫁に関しては、その時に決めてくれればいい。協定にも婚嫁にも異存はない。ルジェナにはサーディに行ってもらうことにするよ。話し合いのため、スティアも一緒にな」
「ご賛同ありがとうございます」
 これで休戦協定は結ぶことができそうだ。フォースは安心感から、息を吐き出すと共に深く頭を下げた。視界にディエントの足元が入ってきて顔を上げると、視線を向けてくるディエントと目が合う。
「ライザナル皇帝の地位は君が継いでほしい。メナウルの人間は誰もがそう望んでいるよ」
 フォースはその言葉に目を見開いた。なぜその話が出てきたのか疑問に思う。ディエントはかまわず言葉をつなぐ。
「君とサーディなら密に連絡を取り合うことも可能だ。もしまた何か問題が起こっても、大きな争いは回避できるだろう」
 何も言えないままのフォースに、ディエントは苦笑を浮かべた。
「まだ王族としての自覚もないだろう君が迷うのも分かる。だが、第一王子が継ぐのは自然なことだ。君が辞退してしまったら、むしろ問題は大きくなる」
 もしかしたら、親書に何か書いてあったのかと、フォースは思わずディエントの手元に目をやった。
「これも、君だからできることなんだが」
 ディエントはそう言うと、心情を察したのだろう、親書を開いたままフォースに差し出す。フォースは受け取ることを辞退した。ディエントが手渡そうとしただけで、親書にその話がないことは明らかだと思う。
 見透かされているのだ。ディエントもルーフィスと同じように、自分を見守ってくれていた。すべてを分かってしまっているのだろう。
「君は影からライザナルを救った神の守護者であり英雄でもあるだろうから、なおさら皇帝に就くように望まれているだろうね」
「はい。ですが、英雄などと呼ばれるのは、きっと今だけです」
 その言葉に、ディエントの頬が緩む。
「君らしい考え方だ。まぁ、噂と同じようなものだろうからな。もしこの先つらい世になれば、神を切り捨てた暴君と呼ばれるかもしれん」
 ハッキリと言葉で聞くと、自分はそれを怖れているのだと、フォースにはよく理解できた。ディエントは優しい微笑みを浮かべたまま言葉をつなぐ。

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