レイシャルメモリー 3-10


「神が不在の時代に入ったこの世界が、どう変わっていくか。すべてはそこに掛かっているというわけだ」
 はい、と軽く頭を下げながらの自分の声が、フォースの身体にかすれた音で響く。
「だが。世界を変えるのは君だ」
 その言葉に息を飲み、フォースはディエントを見つめた。
「どう変わるかではない、変えるのだ。君はそういう立場にいるんだよ」
 ディエントは主君として尊敬し、心服してきたメナウルの皇帝だ。その人がその立場で言った言葉に、フォースは疑おうという気持ちすら微塵も持てなかった。
 確かにディエントは変えてきたのだ。守っているといっても、子供の頃のメナウルがそのままここにあるわけではない。
 自分のことに限っても、騎士としての教育を受けることになったのが、ディエントの命令によるものだった。それがなければ、今ここに親書を持って来ることは、できなかっただろう。一つ一つ乗り越える力が持てたのも、ディエントの援助がなければありえなかったのだ。
「君がメナウルにとって脅威になっては困るが、あくまでも君らしく、騎士としての強さは持ち続けて欲しい」
 騎士という言葉にハッと我に返り、フォースは姿勢を正した。
 リディアを守っていくために皇帝にならないというのは間違いなのだ。自分のできるすべてのことをするためには、世界の変化を流れに委ねてしまうわけにはいかない。
 ディエントはフォースに大きくうなずいて見せる。
「君が越えてきた今までのすべては、決して無駄になることはない。私は君ならできると思っているよ」
「ありがたきお言葉にございます」
 フォースはディエントに深く礼をした。
 今の自分はただの騎士だとフォースは思う。母の命を守れるだけの強さが欲しかった。人々の生活を守る力が欲しかった。だから騎士になろうと思った。それしか手段を知らなかったその時のままだ。
 それは皇帝になるからといって捨てなくてはならないわけではない。むしろもっと大きく関わっていけることは間違いないのだから。そしてそれこそが、リディアを守っていくための大切な手段にもなる。
 自信など少しもない。だが、その時が来るまでに、まだたくさんのことを重ねていける。できるできないで悩んでいても始まらない。ただやってみるしかないのだ。
 視線を上げたフォースに、ディエントは微笑みを浮かべた。
「そろそろ戻らなくてはな。君の家臣が焦れていそうだ」
 そう言ってディエントは部屋のドアを開け、謁見の間へと歩を進めていく。その背中を見ながら、フォースは自分の迷いが収まっていくのを感じていた。

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