レイシャルメモリー 4-09


「でも、今日はいいって。だからお祝いに来たんだ。フォースもリディアもおめでとう」
「ありがとう。って、いいのか、そんなんで」
 ハァと息を吐いたフォースに、リディアは苦笑を向けてかがみ込み、ありがとう、とティオの頭を撫でた。ティオは嬉しそうにクフフと笑う。
「リディア、とっても綺麗だよ」
「私帰るっ」
 高い声が聞こえ、リーシャは城壁の上を歩き出している。
「ええっ? 待って、今行くよ!」
 ティオはリーシャに向かってそう叫ぶと、じゃあまたね、とだけ言って慌てて駆けだした。緑色の大きなすがたに戻ったティオが、あっという間に遠ざかっていく。
「二人とも、元気そうだけど。大丈夫なのかしら」
 そう言うと、リディアはティオの背中を寂しげに見送っている。
「大丈夫だろ、結局は一緒にいるんだし。今だって帰るって言いながら、側に来るまで飛び去らずに待ってたろ」
 その言葉で納得できたのか、リディアの頬がようやく緩んだ。
「そうね、大丈夫ね。進歩しているんだわ」
 笑みを交わし、もう一度向けた視線の先で、ティオはリーシャと城壁の向こうへ消えていった。

   ***

「農産物の輸出なぁ。分かってるだろ? ヴァレス近郊で採れる作物は毎年同じ量の確保は難しいんだ。なにせ降雨量が安定しない」
 サーディはテーブルにお茶の残り少なくなったカップを置いて、ため息混じりにそう言った。フォースは向かい側の席から、まっすぐな視線を返してくる。
「こっちからは毎年一定量の水を輸出する」
「はぁ? 水路でも建設するってのか?」
 驚いて聞き返し、それでもうなずくフォースに首を横に振ってみせる。
「そんな大がかりなことをして、渇水したらどうするんだよ」
「ルジェナの水源は、ほとんどがディーヴァの湧き水なんだ。渇水どころか不足した記録も無い」
 この間ライザナルの人間になったばかりだというのに、フォースは渇水の記録まで知っているのだ。今から皇帝になるための知識を仕入れるのは大変だと思うが、すでに勉強させられているのだろう。
「水が豊富だなんて羨ましい。国力の差もだ。水路建設なんて気楽にぬかしやがって」
「戦が無くなれば、騎士や兵士も減らさなければならない。とりあえずはそんな労働でも無いよりはましだろう。それに、メナウルが暖かいのは羨ましいよ。北方は厳しい。食うモノがなければ、どうしようもない」

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