レイシャルメモリー 5-07


 リディアが微笑みを浮かべ、ありがとう、と言って受け取ると、ニーニアは頬を赤くしてリオーネのもとへ戻っていった。
 ふと、その向こうにいるディエントと、フォースの視線が合う。見つめてくるその目は、ルーフィスのそれと同じで優しい。
 公然と頭を下げるわけにはいかない今、フォースはお辞儀の代わりに一度視線を落とし、もう一度ディエントと目を合わせる。ディエントはそれに答え、かすかにだがしっかりとうなずいた。
 フォースとリディアがクロフォードの隣に並ぶと、レクタードとスティアが前に進んでくる。
「お前は補助を頼むぞ」
「元より、そのつもりにございます」
 レクタードの言葉に微笑むと、クロフォードはもう一つの花束を手にしたニーニアを呼び寄せる。
「スティア殿、レクタードをお願いする」
「ありがたき幸せに存じます」
 お辞儀をしたスティアが頭を上げると、ニーニアがスティアに花束を渡す。クロフォードが場を見渡した。
「レイクスとリディアが影を払拭し、戦を沈静してくれた。レクタードとスティアが両国王家を姻族としてくれた。ディエント殿を含め、私の親族だ。心に留め置くように」
 その言葉で、謁見の間にいるたくさんの人が、いっせいに頭を下げた。
「この場で終戦協定にサインを」
 机に用意されていた証書にまずはディエント、次にクロフォードが署名する。その証書の前で両皇帝は固い握手を交わす。拍手が謁見の間に響いた。
 人々に向き直ったクロフォードの手の仕草で、場が静けさを取り戻す。
「神が不在の時期に入ったのは、皆もすでに承知していると思う。マクヴァルが神を呪術で引き留めていたが、それと共に戦があった。無理があったのだ」
 クロフォードはディエントと視線を合わせてうなずき合い、再び口を開く。
「神は世界を創造され、そして私たちに委ねられた。この出来事を一番最後の章として、創世記は閉じられることになるだろう。だがしかし、神の目はいつでもディーヴァにあり、私たちを見守ってくださっている。シェイド神、シャイア神、そして大いなる神に恥じるようなことがあってはならない。皆の力にも期待している」
 人々が一斉に頭を下げた。クロフォードは後ろに身体を向ける。
「行きましょう」
 クロフォードはそう言うとディエントを促し、謁見の間の右奥、カーテンに隠れていた場所にあるバルコニーに出ていく。フォースはリディアの背に手を添え、その後に続いた。
 前方から大きな歓声がわき上がる。目に入ってくるバルコニーの向こう、城の前の広場は人で埋まっていた。
 バルコニーに並び見下ろした人々から、いくつもの名前がフォースの耳にも聞こえてきた。リディアとスティアの名前も、すでにその中にある。身命の騎士という声も聞こえ、フォースは思わず笑みを漏らした。

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