新緑の枯樹 10-1


「なるほどな」
 神殿の不法侵入者とウィンのことを一通り説明すると、バックスは大仰にうなずいた。
「で、昨日の報告書になるわけか。グラントさんがよく突き止めたって褒めてたぞ」
「だけど単に偶然かもしれないからな。あいつの隠れ家がミューアの家じゃなきゃ、無駄足だったんだし」
「そりゃそうだけど、いたのは事実だろ。そいつらがみんな仲間なら、偶然じゃないかもしれない」
 ミューアの家にあの侵入者がいたことで、ウィンとイアンが仲間なのではないかという説が強くなってきた。まわりの誰もが、ミューアに似た親類縁者が、あの家を隠れ家として提供したのだろうと推測している。
 だが、俺にはウィンらとイアン達が仲間だとはどうしても思えなかった。
 残念ながら、まだ奴らがどういう関係なのかは分かっていない。すぐに話すとは思えないが、それはウィンを調べていくうちに分かってくるだろう。
 バックスは訝しげな表情を向けてくる。
「それにしても、どうしてウィンのことをゼインに伝えないんだ?」
 バックスのでかい声が格技場に響いた。ゴートに後始末に行っているゼインに、聞こえるはずがないとわかっていても、この音量は気にかかる。所属の兵がいないとも限らない。
「声がでかいって。隠さなきゃならないことくらい小声で話せよ」
 バックスは、そうかと苦笑して頭を掻いた。ブラッドはリディアの横に立って笑いをこらえている。リディアは考え事でもしているのか、ずっと椅子に座ったままボーっと窓の外を眺めたままだ。昨日のことでも考えているのだろうか。俺は上の空のまま、さっきの質問に答える。
「ゼインはウィンの直属の上司だから、何かないとも限らないしな」
 ゴートでのことが蘇ってきて、俺の声に思わずため息が混ざった。バックスはますます混乱したのか、俺の顔を覗き込んでくる。
「だったらなんでゼインをゴートにやったんだ?」
「もしあの侵入者と知り合いなら尻尾を出すかもしれないと思ってね。ちゃんと事情を説明した俺の隊の兵が一緒に行ってるんだ。こっちに残ったウィンにはアジルが付いているし、問題ない」
「抜け目ないなぁ」
 真面目な顔で言うバックスに、俺は苦笑を向けた。
「まあ、そうじゃなくてもゼインがウィンに黙っていられるとは限らないだろ?」
 俺がリディアの様子を気にしているのを悟ったのか、バックスはリディアをチラッと見た。
「恋敵だから関わらせたくないとか?」
 今度はちゃんと声が小さい。あまりにもバカバカしくて俺は呆れ返った。
「好きに言ってろ」
 俺が誰に言うでもなく吐き捨てると、バックスはニヤッと笑った。
「ホントだな? おーい、リディアちゃーん!」
「うわっ、ちょっ、待っ!」
 俺はリディアの方に行こうとするバックスの腕を慌てて掴んで、なんとか引き留めた。
「ふざけんな。意味が違うだろ」
「そうか?」
 とぼけて見せたバックスの向こう側から、リディアが不思議そうにこっちを見ているのが目に入った。立ち上がって、少し不安げな笑顔を向けてくる。
「あの、何か?」
 そりゃそうだ。もし眠っていたとしても、あれだけ大きな声で名前を呼べば、気付いて当然だ。

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