新緑の枯樹 10-2


「ゴメン、なんでもないんだ」
 俺はリディアにそう言って、バックスに真面目な顔を向けた。
「バカやってんじゃない」
「じゃあ、よそ見するなよ」
 バックスは薄笑いを浮かべる。俺はうんざりして首を横に振った。
「よそ見じゃないって。護衛をしていたら、普通は気になるだろう? もう少し頭使えよ」
「フォースはなんでもちゃんと説明してくれるからな。考えるより聞いた方が楽なんだ」
 そう言うとバックスは一笑した。俺にとっては面倒なだけなのだ。頭を抱えたくなる。
 いきなり格技場入り口の方から声が響く。
「なまけ癖が着くぞ」
 グラントさんだ。開け放してあったドアの向こうまで、話しが聞こえていたのだろう。バックスはごまかすように舌を出した。グラントさんは俺の肩を軽くポンと叩く。
「明日、予行打ち合わせの際にウィンを確保する。あの場所なら逃げられる確率が少ないからな。センガは神殿の警備についているから、時間を合わせてそちらで確保させる」
「はい」
 俺はバックスと同時に敬礼をした。グラントさんは俺とバックスを交互に見る。
「それはそうと、まだ始めていなかったのか」
「何をです?」
 バックスは不思議そうに俺と視線を合わせた。俺はバックスに、親指で部屋をグルッと指し示す。
「どうしてわざわざ格技場に来たと思ってるんだ?」
「もしかして、剣の練習でもしたいのか?」
 訝しげなバックスに向かって、俺はうなずいて見せた。バックスは大げさに驚いた振りをする。
「マジか?」
 バックスは思い切り浮かない顔をした。俺はかまわず言葉を向ける。
「アルトス流の攻撃を覚えて欲しいんだ」
「俺がか? ウィンも使うっていうあの。俺がそれを?」
 バックスの表情が引き締まった。俺の脳裏にあの漆黒の瞳が、嫌でも蘇ってくる。
「力がいるんだ。バックスの力であれができれば、アルトスの攻撃と近いものになると思う」
 バックスは腕を組んで考え込んでから、ヒョイと顔を上げて俺を覗き込んだ。
「で? フォースは俺をアルトスに見立てて練習して、もう一度アルトスに会う気か?」
 その言葉にドキッとした。もし会ってしまったら生きて帰ることができるのか、単純にそれを不安に思った。
「会うもなにも、前線に出れば向こうが勝手につけ狙ってくるんだ。俺が自分で何とかするしかないだろ」
 なんとかなるモノでもないだろうと、自分で突っ込みを入れたくなる。毎度あんなのを相手にしていて、無事でいられるとは思えない。なんだろう、怖いのだろうか。アルトスが? それとも死が?
「フォース? どうした?」
 気付けば、バックスが心配げに俺を見ていた。俺は思わずバックスから目をそらした。
「いや、別に」
 慌てて否定をしたが、バックスはなんでもないとは思わなかったらしい。眉を寄せて不満げな顔をした。グラントさんがバックスの背中を叩く。
「バックス、強くなりたいとは思わないか?」
「そりゃ、そうですが」
 バックスの気が逸れたことで、俺はホッとした。俺の不安に気付いて、話をそらせてくれたのだろうか。グラントさんは俺を気にもとめずに言葉を続ける。
「だったら覚えて損はないぞ。確かにアルトスは独特な剣の使い方をする。それがあの強さの裏打ちなのだからな」
 グラントさんはバックスに大きくうなずいて見せ、オレに向き直った。

10-3へ


10-1へ シリーズ目次 TOP