新緑の枯樹 10-4


「ブラッドなら、さっきもついてたよなぁ?」
 キッチリ気付いたのか、バックスは俺をからかうように笑う。放って置いたらマズイと思ったが、俺は冷笑でごまかしてリディアのところへ駆け寄った。ブラッドの敬礼に返礼してから、俺はリディアに向き直った。
「ゴメン、退屈させちゃって」
「ううん、そんなことないわ」
 リディアは、ただ首を横に振って微笑んだ。退屈しないはずはないだろうと思う。でも、ただ暖かでホッとできるその笑顔に、嘘は少しも見えない。
「もういいの?」
 リディアの問いに、ああ、と俺は返事をしてうなずいた。
「フォース、私、歌の練習がしたいの。明日は歌うどころじゃないかもしれないけど」
 明日ウィンを確保するという話しを聞いていたのだろう、リディアは不安げに言った。
「いいよ。どこで?」
 俺が尋ねると、リディアは少し困ったような顔をする。俺が顔を覗き込もうとするより先に、リディアは顔を上げた。
「あの木のところは、やっぱり駄目よね?」
「え? あそこは……」
 あの場所が嫌になったわけではない。だが、呼ばれているような、引きずられているような、妙に気障りな感覚が気にくわない。行きたいと思うくせに、気持ちのどこかでは拒否しているのだ。城と神殿をつなぐ廊下を通った時の、木の存在感が身体に蘇ってくる。
 バックスが俺をからかおうと思ったのか、俺の右隣に立った。
「怖いんだろ」
 その問いに、自然とため息が出る。
「そうかもしれない。見えない道がありそうな気がして」
 俺が真面目に返事をするとは思っていなかったのか、バックスは考え込んでしまった。
「だったら、神殿の中庭は?」
 リディアは不安げに小声を出した。どちらも襲われた場所だ。いつもあの木の場所か神殿の中庭で練習をしていたのだろうか。リディアがいることを見込んで、あの場所を選び現れたのだとしたら、やはり避けるべきだろうと思う。だが、神殿の中庭なら、ライザナル人の現れた場所だ。あの木の場所よりは数段いい。
「いいよ。そうしよう」
 俺の返事を聞いて、リディアの表情がパッと明るくなった。逆にバックスが顔をしかめる。
「そっちは怖くないのか? あいつらがみんな仲間じゃないって、まだ思ってるのか?」
「とにかく彼らは違うんだ。実際見ていないから分からないだろうけど、そうとしか言いようがないんだ」
 俺はまっすぐにバックスと視線を合わせて言った。バックスはますます眉を寄せる。
「フォースが言うんだから、信じたいとは思うんだけどな」
 バックスは、俺の腕を取ってリディアから少し離れ、耳元に口を寄せた。
「つじつまが合わないこと言ってるようじゃなぁ。何か悩んでるんだったら力になってやるぜ、青少年」
「ホントに?」
 俺は思いきり青少年らしく明るく聞き返し、バックスの手を取った。
「じゃあ、今日の護衛、手伝って」
「ええっ?」
 逃げ腰のバックスの手を、俺は放さなかった。
 結局。
 俺はリディアの歌声を、ゆっくり鑑賞することができた。ついでに、不機嫌そうにフラフラ行ったり来たりしているバックスは、クマみたいで面白かった。
 すべては、明日だ。

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