新緑の枯樹 11-4
「あのな、俺がそんなことしたって、グレイが」
ふと目の端にセンガの姿を見た気がした。俺はグレイの手をどけて、その方向をうかがった。
「フォース? 俺がどうしたって? おい?」
「悪い、後だ」
俺は二人を残し、センガを探しながらリディアがいるだろう方向へ急いだ。センガは本来なら神殿警備についていて、ここで見かけるはずはない。さっきのが本当にセンガだとしたら、何か起こすつもりか。背筋に冷たいモノが走る。
チラッと白いソリストの服が人の隙間を横切った。そのすぐあとにセンガが続く。マズイ、センガはもうリディアのすぐ側にいる。グラントさんに知らせるために叫んでも、理解してもらうより先に行動されてしまうかもしれない。進行方向を予測して、部屋を斜めに突っ切り、あの木を見下ろせるバルコニーの前に出た。グラントさんと鉢合わせになる。
「フォース?」
訝しげなグラントさんの声を無視して、俺は横にいたリディアの腕を捕まえようとした。だが、少しの差で届かず、リディアは口と身体をセンガに後ろから抱きかかえられてしまった。センガはリディアを拘束したまま、バルコニーの方へ移動する。
俺はすぐあとを追った。リディアが抵抗する分だけ手すりを乗り越えるのが遅くなる。飛び降りるつもりか! 止められない? いや、絶対に取り返す!
俺は手すりを飛び越え、一瞬の遅れを埋めるためにバルコニーの床を上に蹴った。リディアの腕を掴んで引っ張り、半分気を失いかけているセンガからリディアをもぎ取る。そしてセンガの身体を蹴り飛ばし、その反動でいくらか下にある木の中心に近づいた。右手一本でリディアを俺の身体の上になるように抱いて両足を突っ張り、抵抗が大きくなるようにして背中側から木の枝の中につっこんだ。
何本もの枝が、俺の背や足を容赦なく打つ。枝の折れる音やしなる音、葉のこすれる音などが身体中に大きく響いてくる。俺はあいている左手でぶつかる枝葉をできる限りつかんで、少しでも落下のスピードが緩くなるように努めた。運良く太めの枝に手がかかる。どういうわけか、木が俺の腕をとったような感覚があった。グンとスピードが緩み、枝がしなって大きな音を立てて折れ、放り出されるように地面に落ちた。
すぐには動けなかった。背中から落ちたので息ができない。目を閉じたまま、少しでも痛みがひくのを待つ。意識はハッキリしている。
俺はそっと浅い息をしてから、ゆっくり目を開けた。バルコニーがひどく高いところに見えてゾッとする。そこからこっちを見下ろして叫んでいる声も聞こえる。話せるだけの呼吸が戻ってきたところで、手だけを動かし、リディアの肩を揺すった。