新緑の枯樹 1-2


「馬を下りろ」
 奴の言うことを聞くのは腹立たしいが、馬を下りることについては異存はない。情けないがその方が小細工が利くからだ。俺は口をつぐんだまま馬を下り、剣を握り直した。奴は馬をその場に置き去りにし、さっさと俺との間を詰めた。漆黒の瞳がスッと細くなる。
「こんなところで反戦運動か」
 俺にとっては願ってもない言葉だ。それがいくらかでも影響を及ぼしたからこそ、こいつが出てきた。そう思いたかった。
 奴が剣の構えに入ると、その力が切っ先まで行き届いていくのを感じる。こいつの強さは尋常じゃないのだろう。
「甘いな」
 そう言うと奴はいきなり攻撃してきた。さっき一度剣を合わせただけで、もう俺の腕を見切ったとでも言いたげな余裕がある。奴の口の端が笑ったような気がした。
 剣が何度も火花を散らす。奴の力が強いのは覚悟していたが、剣の重さは力以上の何かがあった。剣で受けた時、妙な方向からの力が腕に伝わってきて、いつも以上に神経を使わされる。剣を受け流そうとしてきっちり受けたつもりが、剣身が思った方と逆に流れてヒヤッとすることも度々ある。おかげでこっちの調子は狂いっぱなしだ。攻撃にスピードも出ない。
 奴がいきなり突きに出た。突きは外すと大きな隙ができる。俺はその切っ先を右に見送って剣の柄側から奴の身体の下に潜り込んだ。剣を握った手の甲を柄で殴りつけ、すれ違いざまに手首を返して斬りつける。しかし、殴った方は幾らかの感触はあったが、斬りつけた方は完璧に剣で受け流された。
 逆に俺の充分な体制がとれないうちに次の攻撃が来る。振り返りざま右から薙ぎ払われた剣をかいくぐり、俺も突きを出した。しかし奴は、至近距離からの突きもあっさりかわし、剣を両手で握って振り下ろしてくる。マズイ、俺の力ではこの攻撃を受けきれない。だがもうそれしか方法はない。
 覚悟を決めてもう一歩前に出て、剣のガードになるべく近い部分を受けた。ガキッと嫌な音がして、身体に痛みが走る。膝をつく程のクッションを使ってもなお、奴の剣を止めることが出来なかった。肩を守る為の厚めのプレートが割れて、刃が左肩に薄く食い込んでいる。馬に乗ったままこの攻撃を受けていたら、こんな軽い怪我ではすまなかっただろう。
 奴は剣を逆手に持ち替え、剣身を右斜め下に力を込めて、捻るように引いた。黙っていたら串刺しにされてしまう。俺は身体を引きながら奴の腰当てのあたりを蹴り飛ばして、肩の中を移動する刃の気色悪さから逃れた。大きく振り下ろされた剣をかわして、どうにか体制を整える。
「フォース!」
 俺の背後から、メナウルの正騎士の鎧を付けた誰かが走り寄って来る、ガチャガチャという金属音が聞こえてきた。
「退け!」
 奴は低いが良く通る声でそう叫ぶと、剣を横に薙いで俺が下がった隙に身を翻した。後ろ姿が遠ざかっていく。奴の隊はその声に無理矢理従って撤退を始めた。

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