新緑の枯樹 12-3


「いいのよ。どちらにしても私の命はほとんど残っていなかったの。ほんの少しの分で、あなたと……、あなたの大切な人を救えたのだから」
「でもそれじゃあ。俺は、どうしたら」
 俺は、ただ見ている他に、何もできないのか?
「罪悪感? 私が死ぬのはあなたのせい? そうね、そう思っていて。そうしたら私が確かにここにいたってこと、あなたはずっと覚えていてくれるわね」
 ひどく胸が痛んだ。そう、ドリアードに言われた通り、罪悪感のせいだ。俺はどうしたらいい?
「ずるいって思う? でも、それは、あなたも……」
 何か続けようとしたのか、薄い唇が声もなく動いて微かに笑った。その一瞬の後、俺に差し伸べようとした腕が地面に落ち、すべての力が抜けたのが分かった。そして、指先が、胸が、髪が、頬が、だんだんと光の粒になってゆっくり上昇していき、空に溶けていく。
 無力感だけが俺を支配した。ドリアードの存在のすべてが消え、何もない、形のなくなったそこに、鉛のような思いだけが残った。
 俺もずるい、のか? いや、きっとそうなのだろう。死んでしまう方はいい。命を投げ出してでも守れたという実感があるに違いない。だけど、残された方の気持ちといったらどうだ。失うことの悲しさ、罪悪感、何もできない辛さ。俺はこんな思いをまわりに強いていたんだろうか。
 前線で父に叱られたのも、ゴートへの道でブラッドが機嫌を損ねたのも、リディアを泣かせたのも、これが原因だったのかもしれない。
 もしかしたら俺は、こんな風に死んでしまうことだけを前提として、生きていたのだろうか。それだから俺のこれから先を思う時、戦のことしか浮かばなかったのか。自分の将来まで考えられないのは、余裕がないせいではなくて、俺自身の将来自体が存在していなかったからかもしれない。確かに俺は、死ぬまでに何をしなくてはいけないか、とは考えていたが、生きている間に何をしたいか、と思いを巡らせたことはなかった。
 気がつけば、まわりの景色がだんだん実体化しつつある。木が木に、城壁が城壁に、風が透明に。夜だ。月の光があたりを青く照らしている。
 俺はすぐ側の木を見つめた。傷ついた木がそこにあった。芽吹いたばかりでこんなに綺麗な緑をしたこの葉も、もう枯れてしまっているのか。
 そしてミューアを含め五人の騎士達が倒れたままの格好で、おまけにティオまでが現れた。元の巨大な体格に戻っている。俺は、まだ透けたままだ。なにか、まだ夢の途中にいるような気がする。
 剣を抜く音がした。ハッとして見ると、ミューアが剣を手にしている。

12-4へ


12-2へ シリーズ目次 TOP