新緑の枯樹 13-5


「ウィンを留置しておいてくれ」
 俺はウィンに返事をせずに、アジルとブラッドに命令した。アジルは俺にメモを渡してからハイと返事をする。グラントさんがバックスに何か耳打ちし、バックスは敬礼を残してアジル、ブラッド、ウィンと共に部屋をあとにした。
 俺はサッとだけメモに目を通した。そこには、ウィンとセンガの会話を立ち聞きしていて、前線のスピオンという兵士が彼らの仲間だと聞いたと簡単に書いてあった。これでアルトスと顔を合わせなくても済むということか。ウィンに情報を漏らすつもりはなかったかもしれないが、これは俺にとって充分過ぎるほどの快報だった。
 帰城した時と同じような穏やかな空気が、城内警備室に戻ってきた。父の手がポンと肩に掛かる。
「あとは明晩の護衛だけだな。明後日の朝には城都を発つぞ」
「はい」
 俺に残された城都での仕事は、明日のソリストであるリディアの護衛だけだ。それが終われば、リディアの護衛は必要が無くなる。そして護衛が終わってしまえば、やはり前線に戻ることになるのだ。当然リディアの側には居られなくなる。あさっての朝、か。ふと見ると、ゼインが含み笑いをしている。
「それにしても、結局俺が襲撃犯を言い当ててたんですよね。リディアさん、災難でしたね。フォースがドリアードなんかにモテるから事件がややこしくなっちゃって」
 またこいつは嫌な言い方しやがる。リディアはいくぶん不機嫌そうにゼインに目をやった。
「でも、ドリアードがいなかったらバルコニーから落ちた時、二人とも助からなかったかもしれません」
 リディアに言い返されると思っていなかったのか、ゼインはうろたえたように半端な笑みを浮かべる。
「あ、そうか、そうでしたよね」
「それに、神殿に不審な人が入ってきた時も気付いてくれたし、四階から飛び降りてまで助けてくれたし、フォースには感謝してます。とても」
 リディアが人前でそんな言葉を口にしてくれるなんて、すげぇ嬉しい。しかも、ゼインの笑顔が固まっている。思わず、ざまぁみろとか口に出して言ってみたくなる。
「それにしても、無茶をしすぎだ」
 父が難しい顔で正面から俺を見据えた。父がどうしてこんな風に怒るのか、今の俺にはよく理解できる。
「スミマセンでした。以後、気を付けます」
 俺は素直に頭を下げた。その目の前一面が赤くなる。
「これを」
 頭を上げてみると、丁寧に畳まれた赤い布地を、グラントさんが俺に向かって差し出していた。形式張った儀式の時などに数字付きの騎士が付けるマントのようだ。
「なんです? 二位の騎士の印ですよね? これが、どうかしたんですか?」
 グラントさんは、視線を合わせたままわけが分からないでいる俺に、微笑みかけてくる。

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