新緑の枯樹 14-2
リディアは出番が終わったからか、安心したような、肩の力が抜けた微笑みを浮かべた。そういえば今日は化粧をしていない。式典の時くらいは本式でと言っていたから、これが本当なのだろう。だったら、いつもはどうして手間をかけてまで化粧なんかするのか。
「行こう」
俺はリディアに声だけかけてドアを開け、サッサと部屋の外に出た。リディアは小走りで追いかけてきて、グレイに向かって手を振ってからドアを閉めた。俺はなんだかリディアをまともに見られなくて、そのまま会場の方へと歩き出した。
リディアの足音が、黙ったまま後をついてくる。俺の機嫌が悪くて、困っているだろうと思う。伝えたいことはたくさんある。言葉だけじゃなくて気持ちでだ。でも、その気持ち自体がグチャグチャで、どうにもなりそうにない。
階段が見えてきた。ここを降りると、あの木の側まですぐに行ける。俺は階段を何段か下りた。
「フォース、どこに行くの?」
その声に振り返ると、リディアは階段の上で立ち止まっていた。そりゃそうだ。当然会場に行くと思っていたのだろう。
「ねぇ、会場には行かなくていいの?」
「グレイは、会場にでもいればいいって言ってただろ。どこにいたってかまわないさ」
そういいながら、自分でつむじ曲がりだと思った。でも、今じゃないと話す時間なんて取れない。そうじゃなくても、会場からあふれんばかりの人混みの中に、入っていきたくはなかった。リディアは、困惑したように眉を寄せる。
「でも……」
俺はリディアのところまでとって返し、手を取ってもう一度階段に向かった。
「待って」
二〜三段下りたところで、リディアは慌てたように俺に声をかけてきた。俺は頭だけ巡らせてリディアを見た。
「行こう」
俺は手を放さないまま、サッサと階段を下りだした。リディアが慌てているのが分かるが、俺は足を止めなかった。
「フォース? ねぇ、どこに行くの?」
俺が引っ張っているから、足元がおぼつかなくて階段を見ているのだろう。少し震える声がいくぶん下の方から聞こえる気がする。
「あの木のところ」
俺はそんなリディアの様子に気付かぬ振りで、行き先だけ答えて先を急いだ。
それからリディアは何も言わずに、振り返りもしない俺の後をついてきた。ついてきたも何も、俺が手を放さなかったからなのだろうけれど。
外に出て、木のある方へと城壁に添って歩く。月の光が青白くあたりを照らしていて、まるで妖精の世界から戻ってくる途中のような雰囲気をかもし出している。