新緑の枯樹 16-2


 微かにアジルのではない鎧の音が響いた。やっぱり来たかと小さく舌打ちをする。それから俺は、服の上から青い石の星に触れてリディアを想った。リディアにこのペンタグラムを渡されてから、俺は何かあるとこの石に触れ、まるで呪文のように名前を唱えている。俺はいつもこうしてリディアに支えられている。リディアを想うことで、なにより落ち着くのだ。一度大きく深呼吸をして、俺は木に向かったまま近づいてくる鎧の音に集中した。聞こえてくるのは、一つの鎧が立てる音だ。
 木々の間からダークグレイの鎧が姿を現した。ダークグレイといっても、これだけ暗い夜だとほとんど黒に見える。だが、月の弱々しい光を背に浮かび上がったシルエットは、間違いなくアルトスの物だ。
 俺は少し離れたところで、やっと気付いたかのように身体をアルトスに向けた。アルトスは足を止めずにこっちに向かってくる。俺は、木から十歩ほど進んで歩を止めた。アルトスは少し離れた位置で俺と対峙する。
「どうやら、命知らずなところは少しも変わっていないようだな」
 アルトスの言葉に、俺は黙って剣を抜いた。
「まぁ、その方が手間をかけずに片づく。こっちには都合がいい」
 そう言うとアルトスも剣を抜く。俺は冷笑を向けた。俺の顔は月に照らされているので、アルトスには見えているはずだ。思った通り、アルトスは忌々しげな顔になった。
「あんたも怒りっぽいのは変わってないな」
 わざと余裕があるように、俺はのどの奥で笑ってみせる。アルトスは目を細くして俺をにらみつけた。
「後悔させてやる」
 アルトスは剣を突き出してそう言うと、いきなり向かってきた。やっぱり短気な奴だ。俺は受けて立つような体勢を取り、その場で剣を構えた。
「うわっ!」
 虚をつかれたアルトスが、叫び声をあげた。剣が触れるまであと十歩ほどという位置で、足下が突然崩れて落ちたのだ。驚かないはずはない。落ちるときに手がかりを探したせいか、アルトスの剣はラッキーなことに穴に落ちずに残っている。俺は低い体勢で、穴のふちからそっとのぞき込んだ。アルトスは中でさっさと立ち上がったのだろう、短剣を投げようと待ち構えていた。俺は投げつけられた短剣を剣で叩き落として、それを拾った。アルトスは憤怒の表情を俺に向ける。
「お前がこんな手段を使う奴だとは!」
「思わなかった? 悪いけど、俺、変わったんだ。あんたを相手にして生きて帰ろうと思ったら、こんなことくらいしか思いつかなくてさ」

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