新緑の枯樹 2-2


 思わず息をのんだ。そのことはリディアと俺以外、リディアの両親と俺の父しか知らないはずだ。
「どうしてグレイがそれを」
「本人から聞いたんだ、フォースに助けて貰ったって。俺に話せるくらいだ、もうそのことからは立ち直ってるってことだろ? ま、もしそれが理由だったにしても、フォースが襲ったのならともかく、助けた方なんだから気に病むことはないさ」
 いや、もしもそれが理由なら、リディアが受けた傷はまだ癒えていないということだ。それではリディアを救えたことにはならない。思わずため息が口をついて出る。
「惚れてるんなら、十八になる前に落とせよ」
 そう言うとグレイはケラケラ笑いだした。俺が落ち込んでいるからか、グレイが昔より数段脳天気に見える。
「あきれられてるぞ」
 もう一人の神官がグレイをどついた。
「こんな調子じゃ、リディアちゃんがグレイとの結婚話を受けなくても仕方がないな」
 グレイは俺の様子を見るためか、ヒョイと俺をのぞき込んだ。
「あれ? 驚いてない」
 少しも驚かなかった訳じゃないが、俺はグレイに苦笑して見せ、無関心を装った。グレイが肩をすくめる。
「ま、その話は俺が申し込んだんじゃなくて、シェダ様が勝手に言ったことだけどな。神官長としてソリストは貴重かもしれないけど、父親としてはリディアをソリストにはしたくないんだろうな」
 驚かなかったのには理由がある。そういう話なら俺にも経験があるからだ。騎士の称号授与式の前日になって、神官になってリディアと結婚しないかとシェダ様に誘われたのだ。当然速攻で断ったが、まだ同じようなことを言っているらしい。まあその時と比べれば、ずいぶん現実的な気はするが。
「フォース、今日はこれからどうするんだ? サーディには会うんだろ?」
 俺はそのつもりだとグレイにうなずいて見せた。
「それならちょっと待っててくれないか? そんなにかからないから。俺も行くよ」
「じゃあ、裏のでかい木のとこで待ってる」
「OK、寝るなよ、起きねぇんだから。じゃ、後でな」
 そういうとグレイは、一緒にいた神官と共に祭壇の裏手へと続く廊下へ姿を消した。それにしても酷い言いようだ。確かに寝起きは悪いかもしれないが。
 俺はさっき入ってきた扉へと取って返した。それから神殿と城が背中合わせになっている中庭のような空間へ向かう。神殿から城に外を通って移動する時、ここは一番の近道だ。だが廊下でつながっているので、わざわざ外を通るのは俺くらいだとは思う。
 ここの奥まったところに、一本だけ大きな木がある。他にも木は何本か生えているのだが、なぜかその一本だけが城の三階の窓に届きそうなほど高く生長し、枝を大きく広げている。単に樹齢が高いだけなのかもしれないが、背の高い建物に挟まれてよくここまで大きくなったと思う。
 俺はこの木が好きだ。城都に来たら、必ずと言っていいほどここに寄っている。用があるのは大抵城か神殿かのどちらかだから、特に足を伸ばさなくても気楽に寄る事ができるのもあるが。
 その木に背を預け、枝葉から漏れてくるチラチラと眩しい光を見上げた。深呼吸をしたつもりが、それはため息に近かった。

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