新緑の枯樹 2-5
「アッ!」
リディアの短い悲鳴が聞こえ、俺は視線を向けた。リディアは城へ続く通路に出る角のあたりで、一人の兵士と出くわしたようだ。
「大丈夫、加勢します!」
兵士が座り込んでしまったリディアにそう伝え、こっちに駆け寄ってくる。とにかくこれで少しは楽に戦える。しかしイアンと剣を合わせるのに兵士一人ではキツいだろうから、そっちにも気を配らなければ。
俺は、名も知らぬ騎士の剣を正面で受けた。顔が間近にあるが、やはり見覚えはない。だったらこの鎧は誰の物だろう。もしかしたら誰かがこいつの犠牲になってしまったのかも知れない。そう思うと早くケリをつけたくなってくる。
剣に力を込めて、思い切り押し返す。奴は少し体制を崩した。そこを狙って剣の柄めがけて突きを出した。手応えがあり、奴の剣が空に舞った。
「うわぁ!」
いきなりあがった悲鳴に目を向けると、イアンが兵士に向けて剣を振りかぶっていた。俺はつい後先を考えずに腰の短剣をイアンに向けて投げた。短剣の行方を見る前に、鎧だけの正騎士に飛びかかられ、もんどり打ってひっくり返った。奴の手が俺の首を掴み、ものすごい力を込めてくる。うめき声も出ない。放してしまった剣を探るが手が届かない。意識をつなぎ止めるのに精一杯で、蹴りを入れようにも足も動かない。くそっ、ドジったか。
ふと息が喉を通った。奴がゆっくり立ち上がる。俺は咳き込みながら奴の顔を見上げた。相変わらず感情が見えないので、なぜ立ち上がったのか、何かが起こったのかすらもわからない。
不意に奴は身をひるがえし、神殿の方へ続く道へ向かった。イアンもそれに続く。追いかけたいが身体がいうことを聞かない。兵士が後を追っていく。深追いするなと言いたかったが、それも声にならなかった。
兵士が数人、城の方からなだれ込んできた。まっすぐ奴らが逃げた神殿への通路へと向かっていく。これで奴らは捕まるだろう。狙いがリディアなのか俺なのか、それくらいは早いうちにハッキリさせたい。
やっとの思いで身体を起こし、剣を拾って鞘に戻した。そのまま座り込んでいるリディアのところへ足を運ぶ。
「よかった、無事で」
そう言って俺はリディアを引き起こそうと手を差し出した。心配げに見上げてくる顔を見てホッとしたのも束の間、リディアの瞳から涙があふれ出てくる。どうしていいか分からずにいる俺の腕をたどるようにして立ち上がると、リディアは俺に抱きついた。
「フォースが死んでしまうかと思った」
心配してくれていたと思うと単純に嬉しい。
「あのくらい平気だよ」
もちろんこれは安心させたいが為の嘘だ。首を絞められた時は、本気でもうダメだと思ったのだから。
リディアの白い腕が俺を捕まえている。鎧のプレートがない部分から体温が伝わってくる。思わず俺はリディアを抱きしめた。でもリディアは、肩をビクッと震わせて胸のプレートを押して身体を離した。
「鎧が当たって痛いわ」
バツが悪そうに苦笑すると、リディアは少しだけ視線を下げ、俺の首に指先で触れた。柔らかな感触が通ったあとに、痺れのような軌跡が残る。
「アザになってる。少し切れてるわ」