新緑の枯樹 2-6


「こんなもの、ほっときゃ治る」
 胸が痛いほどの鼓動に気付かれたくなくて、俺はリディアの手を掴んで首から遠ざけたが、今度はその指のしなやかさにハッとして、慌てて手を放した。
「ゴメン」
 多少手荒になったかと思い、俺はリディアに謝った。首を横に振ったリディアの表情が、悲しげに歪んだ気がした。俺はリディアに背を向け、まだリディアの感触が残っている手のひらを隠すように握りしめた。
 ちょうどさっきの兵士が神殿の方から姿を見せた。狐につままれたような、妙な表情をしている。兵士はそのまま駆け寄ってきて、敬礼をした。俺も返礼する。
「あいつら、消えました」
「消えた?」
 想像もしなかった報告に、俺は呆気にとられた。
「はい。完全に挟み撃ちの体制だったはずなのですが、どこにも……。現在まだ捜索中です」
 捜索中も何も、奴らが去った神殿への道は、脇に抜ける道も隠れる場所もない一本道だ。神殿の方から兵士が来れば、逃げ道はどこにもないはずなのだ。どうやったらそこから逃げることができるってんだ?
「消えたって、まさかイアンまで」
 その名を聞いて、兵士は幽霊でも見たように目を丸くした。
「イアンって、さっきの騎士がですか? イアンという騎士は三日前から行方不明なんですよ?!」
「なんだって?!」
 今度はこっちが驚いた。騎士が行方不明になっているということは父から聞いてはいたが、その時は三人だった。三日前と言うことは、また一人、イアンがか?
「四人目の行方不明者なんです。まだ誰も見つかっていません」
 見つかっていないといっても、イアンはさっきそこにいた。なんだか奇妙な空気が辺りを流れている。
 兵士の視線が右にそれていく。俺はその視線の先に、リディアが木の方へ歩いていくのを見つけた。
「リディア?」
 俺は名を呼びながら後を追った。リディアは振り向きもせず一心に地面を見回している。
「あの金色をした短剣、誰も拾っていないわよね? どうして無いのかしら」
 言われて俺も回りを見た。確かにそうだ、落ちていない。会話が聞こえていたのか、兵士も草の陰や木の根本をあちこち探しだす。
「そういえば、あなたが投げてくれた短剣も無いですね。そのイアンって騎士が剣ではじいて、確かこっちの方に……」
「あ、これ。ペンタグラムだわ」
 リディアが拾い上げたそれは、陽光を反射して青くきらめいている。俺はリディアの元に駆け寄った。
 星の形に削られた青い石に、切れた鎖がかかっている。これはメナウルでお守りとして持つことが定着しているペンタグラムと呼ばれるモノだ。ちょうどリディアが歌っていた聖歌で繰り返される青と、守るべき土地という意味から、青い石が使われるようになったらしい。青は青でも、人によって石の種類や大きさが様々なので、見たことがあれば誰の物か、たやすく特定できる。そしてこのペンタグラムには確かに見覚えがあった。
「これは、イアンの……」
 間違いない、さっきここにいて俺とリディアを襲ったのは、イアン本人なのだ。ということは、故意に姿を隠して何かたくらんでいるのか? イアンだけ、それとも四人とも? さっきの奴も、彼らの仲間なのだろうか?

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