新緑の枯樹 5-1
シェダ様とリディアに正式な挨拶をするため、神殿執務室へ向かった。サーディは城内警備室に残ったが、今度はゼインがついてきた。ほとんど前線にも出ず、しかも割とヌケていると思うのだが、ゼインは中位の騎士だ。俺は上位だが騎士の中では一番年下なので、誰にでも礼儀を重んじなければならない。
聞き役に徹していた会話に、少し間が空いた。楽しそうに話していたゼインの表情に、少し影が差す。
「なぁ、どうしてリディアさんのこと、呼び捨てなんだよ」
予想はしていたが、やはりリディアの話しだった。ゼインに話したいとは思わないし、今はリディアに関することで気持ちが落ち込んでいる。できることなら話題にしたくない。
「前からの知り合いなんだ。親同士、付き合いがあるからな」
長い付き合いだと思われそうな口をきいて、俺は心の中で舌を出した。リディアの母親が女神の降臨を受けていた時、その護衛が父だったそうだ。父はいくらか行き来していたのだが、俺はずっと訪問を辞退していた。だから初めてリディアに会ったのは遅く、しかも全くの偶然で、騎士になる直前の十三の時だ。俺はまだ三年ほどの分だけしかリディアを知らない。
「いいよなぁ、親が偉いと。いろいろ得なことがあって」
ホントにゼインは気楽な奴だと思う。親が首位の騎士で十四歳ときたら、騎士になったのは親の七光りだとでも思うのだろう。黙って従う兵士はただの一人もいなかった。一人一人必ずと言っていいほど、剣の相手をして勝って見せなければならなかったし、不意打ちを食らうことも結構あった。おかげで剣の腕は上がったと思うし、鎧の立てる金属音にも敏感になったが、得なんてそんなものくらいだ。
実際リディアと会ったのは、親絡みでもなんでもない。 襲われていたのを助けたからだ。それから父がシェダ様の家に伺う時には一緒に来いと強要されるようになった。それでリディアに会えるようになったのは確かだが、シェダ様はまるで趣味のように俺をからかって楽しむようになった。しかも、それはいまだに続いている。得はあっても、損なおまけはいつも付いてきた。
ザワザワと胸騒ぎを感じ始めた。この廊下の壁の向こうはあの木がある場所だ。妙な圧迫感と、壁の向こうからの視線を感じる。ここは危険だと頭の中で警鐘が鳴っている。なのに、すぐにでも木の側に行きたい気持ちも存在している。
「おい、どうした? さっさと来いよ」
いつの間にか五歩ほど先にいるゼインが振り返った。俺は急いでゼインに追いつく。
「なに壁なんかジロジロ見てんだよ」
「別に、なんでも」
「おかしな奴」
壁の向こうにあの木があることなど、ゼインは意識もしていないのだろう。いや、普通ならそんなことは考えもしないか。変に過敏になっている。
神殿警備室を通り過ぎて、神殿執務室の前で足を止めた。ゼインは警備室へ行かずに、俺の後ろに付いてきている。俺はノックをするつもりだった手を止め、神殿警備室の方を指さして振り返った。
「ゼイン、仕事は?」