新緑の枯樹 5-2


「冷たいなぁ。リディアさんの顔を見るくらい、いいだろう」
 ゼインは早くノックをしろと促すように、俺の背中を小突いた。ひどくわずらわしく思ったが、断るのも面倒だったので、そのまま知らぬ振りでノックをする。
「フォースです。ご挨拶にうかがいました」
 いくらも立たないうちにドアが開いた。中から顔を出したのは、どういうワケかシェダ様だ。応対するのはリディアか、そうでなければ誰か他の神官だと思っていたので、俺はいきなりのシェダ様の歓迎に面食らった。
「やぁ、久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
「は? はい。このたび婚姻二十周年式典でソリストの護衛をさせていただくことになりました。よろしくお願い致します」
 これだけはしっかりしなくてはと、俺は気を取り直して挨拶をした。シェダ様は満面の笑みを浮かべ、敬礼をした俺の手を取り握手をした。ポンポンと肩を叩いていた手が止まり、シェダ様は急に小難しい顔つきをして、視線を俺の後ろに向ける。
「なにか用かね?」
 呆気にとられて見ていたゼインは、条件反射のように敬礼をした。
「い、いえ。失礼します」
 ゼインは軽く頭を下げて、神殿警備室へと向かっていった。その背を見送って、シェダ様は俺に向き直る。
「昨日はおかげで助かったよ。無事だったのだからこんなことを言うのはなんだが、君のことでリディアが落ち込んでいてね」
「私のことで? リディアさんがですか? どうして……」
 そういえば奴らが去った後、ブラッドが戻る前に話しをしていて、リディアの表情が一瞬悲しげに見えた。あれは気のせいじゃなかったのか。
「ところで、まだ神官をやる気にはならんかね?」
 なぜ落ち込んでいるのか話してくれるのかと思ったら、またその話しだった。久しぶりに聞く気もするが、いまだに本気だか、からかわれているのだかサッパリわからない。でも今回はリディアとの結婚がオプションにないので断りやすい。
「私に神官は務まりません」
「そうかね? リディアが聞いたらガッカリするだろうね」
 で、どうしてそこでリディアの名前を出すんだ? 単に茶化しているのか、それとも何か意味があるのか。掴みかねて悩んでいると、シェダ様は俺の目の前で上を指さした。
「今、リディアに女神付騎士の部屋を掃除させている。自宅との行き来も大変だろう。どうせ空いているんだし、城都にいる間はそこを使ってくれ」
「ありがとうございます」
 俺が頭を下げると、シェダ様は笑顔でうなずき、執務室の方に振り向いた。
「グレイ君」
 ハイという返事と共に、グレイが顔を出す。
「案内を頼むよ。リディアとは正式な挨拶はいらないからね」
「分かりました」
 グレイはシェダ様に丁寧な挨拶をしてから、俺に向かって親指で階段の方を指さした。
「では、失礼します」
 俺は敬礼をし、シェダ様の返礼を見てからグレイの後に従った。

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