新緑の枯樹 5-3


 ヘマはしなかったと思う。だが、リディアが落ち込んでいるという話しと、神官をやる気にはならんかという言葉が、妙に頭の中に残っている。いつも俺をからかう時のノリと、少し違ったからだろうか。
「フォース、随分シェダ様に好かれてるな」
 肩をすくめたグレイに、俺は苦笑して見せた。
「ああいうの、好かれてるって言うのか?」
 グレイは可笑しそうに含み笑いをする。
「ゼインって騎士に対する態度と比べたら、一目瞭然だろう。余計な話し一つしないんだからな」
 そう言われても、やはり俺には面白がられているとしか思えない。まぁ、ゼインに対する態度よりは、ずっと友好的だとは思うが。
 左側の中庭への出入り口と反対側、右にある階段を上りはじめた時、リディアとアジルの何か楽しげな会話が聞こえてきた。護衛をする時は、まわりの音にも気を配らなくてはならないため、話し込むなど論外だ。ちょうど踊り場で二人と出くわし、リディアの笑顔がこちらを向いた。
「あ、フォース。もうすぐ掃除も終わるから、部屋に行っててね」
 俺はリディアにうなずいて見せ、アジルの顔に目をやった。アジルは決まり悪そうに頭を掻く。
「どうしたの? 何か怒ってる?」
 リディアは俺の顔を覗き込むように見た。
「いや、怒っちゃいないけど」
 神殿の警備の中にいるのだから大丈夫だと思いこもうとしても、俺の胸の中に払拭しようのない不安がある。奴らは消えたのだ。いつどこから現れるのかも分からない。
「すみません、つい」
 アジルは頭を下げた。俺が心配していることを分かってくれていると思うとホッとする。
「行ってようぜ」
 グレイが階段を上りはじめた。俺も後を追う。
「じゃ、頼むよ」
 すれ違いざまに言った俺の言葉に、アジルは微笑した。
「いい傾向ですよ」
 なんのことか分からずに、俺はアジルと顔を突き合わせた。アジルの笑顔は変わらない。
「あなたにはそういうところがもっと必要だと思いますので」
 そういうところ? この不安や疑問のことか? まさか……。
「おい、フォース」
 見上げるとグレイが早く来いと手招きをしている。俺はアジルになにも答えられないまま、グレイのところまで階段を駆け上がった。リディアとアジルが下へ降りていく音が聞こえた。
 バルコニーのように中庭に突きだしている二階の階段ホールが目に入ってくる。水場は中庭にある。俺は階段を上がりながら下の音をずっと追っていた。グレイは察しているのか、静かに、なにも話さず俺の先を上っていく。リディアとアジルの声が聞こえないことが安心でもあり寂しくもある。自分で護衛を頼んでおいて、嫉妬の気持ちさえ存在している。

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