新緑の枯樹 5-4
重たい気持ちを無視するように、三階に続く階段を上りはじめた時、歩いているのとは違う、崩れるような鎧の音がした。何かあったのだ。俺はグレイを置き去りにして、一度背を向けたホールに取って返し、その途中でバケツの落ちる音を聞いた。バルコニーから半分顔を出して、下の様子をうかがう。ちょうど真下で、男がリディアに剣を向けた。すくんでいるのかリディアは後ろを手で探ったが動けないでいる。俺は剣を抜きながら、その男をめがけて飛び降りた。
「フォースっ!」
後ろでグレイが慌てたように叫び、その声で男は上を見た。驚いた顔で剣を上に突き出したが、俺は剣身を払って逃げ腰になった男の背中に落ちた。ひっくり返ってうめき声をたてている男に馬乗りになったまま、剣をひったくって腕を背に回し、押さえつける。
リディアはハッとしたように、倒れているアジルに駆け寄った。アジルの名前を呼びながら身体を揺する。グレイが階段を駆け下りてきて、アジルの側に身をかがめた。
「グレイさん、アジルさんが」
グレイはリディアにうなずいて見せると、アジルを調べ始めた。
「出血もしていないし、息もあるし脈も正常だよ。気を失っているだけだと思うよ」
リディアはそれでも心配そうにアジルを見ている。
俺は侵入者を無理矢理立たせた。
「くそっ! 放せ、くそガキ! 信じられねぇ!」
侵入者は首を巡らせてリディアを睨みつけた。
「俺がやらなくても他に、痛ててて」
俺は捕まえている腕に力を込めた。そのまま侵入者を廊下へと連れて行く。何気なく振り返った時、グレイがリディアの肩を抱くのが見えた。
神殿執務室から出てきたシェダ様と、ドアの前ですれ違った。目が合うと、シェダ様は小さくうなずいて中庭へと出て行く。侵入者はいくらかの抵抗を見せたが、両腕を取っているので楽に誘導できた。
城とつながっている廊下の方から、ようやく警備の兵士が二人姿を現した。二人は真っ直ぐこっちへ駆け寄ってくる。
「連行してくれ」
「侵入者ですか? 一体どこから」
「さあな」
侵入者がどこからか湧いて出てきたのか、警備がザルなのかは分からない。だが、この侵入者は明らかにイアンとは違う。驚く、怒る、毒づく。さっきの言葉から、仲間がいるらしいことも想像できる。
俺は二人の兵士に侵入者を引き渡した。彼らは留置場へと向かっていく。侵入者を尋問すれば、何か分かるのだろうか。
それよりも、今はアジルのことが気にかかる。俺は中庭に、とって返した。
「気が付いたようだね」
中庭に入った時、小瓶を持ってアジルの側にかがんでいたシェダ様が立ち上がった。アジルは上半身を起こして頭を振り、目が合った俺に頭を下げる。俺はアジルのところへ駆け寄った。
「すみません、お詫びのしようも……」
アジルは申し訳なさそうに言った。俺もかがみ込んで視線を合わせる。
「大丈夫か? 怪我は?」
「ないです。いきなり当て身を食らってしまって。それよりリディアさんは無事でしたか?」