新緑の枯樹 5-5
アジルがリディアの顔を覗き込む。リディアはグレイに支えられたまま、ハイとだけ小声で答えた。
「よかったぁ」
アジルは胸をなで下ろす。
「ごめんなさい。狙われているのは私なのね……」
リディアはつぶやくような声で言い、うなだれた。グレイは、抱いていたリディアの肩をポンと叩く。
「大丈夫、フォースが守ってくれるよ。暇だから」
暇だからぁ? なにも考えられず、一瞬頭の中が真っ白になる。リディアは怒ったようにグレイを見てから、不安そうな瞳を俺に向けた。何か言わなきゃと思ったが、言葉が出てこない。
「君に正式に護衛を頼みたいのだが」
頭の上からシェダ様の声がして、俺は視線を合わせるために立ち上がった。
「行方不明者の調査がありますので、リディアさんを連れ回してしまうことになってしまうと思いますが」
「かまわんよ。むしろリディアを襲ってくる奴らがその行方不明者と関係があるのなら、手っ取り早いんじゃないかね」
そう考えるには早すぎる。イアンとさっきの奴は、まるきり無関係かも知れないのだ。
「もし侵入者と無関係で、行方不明者が狙っているのが私だとしたら、リディアさんにその分の危険が増えてしまうことになります」
「それでも上位騎士の君に頼むのが一番安全だと思うのだが、どうかね?」
確かに、クエイドに配置を任せたら、リディアの護衛は多分ゼインにまわるだろう。危機回避能力がゼインにあるとは思えないので、できることならそれは避けたい。
リディアは立ち上がって、シェダ様の神官服を引っ張った。
「でも迷惑かけちゃ」
「め、迷惑なんてことはないよ」
俺はリディアの言葉を慌てて否定した。シェダ様がニッコリ微笑む。
「じゃあ、お願いするよ。手続きは神殿の方でしておくよ」
シェダ様に肩を叩かれて、俺は半ばあきらめの気持ちでハイと返事をした。グレイが俺に訝しげな顔を向ける。
「あんまり乗り気じゃないみたいだな」
「そんなことない」
そう答えながら、リディアが一瞬見せた悲しげな顔が胸に蘇ってくるのを感じていた。いったい俺の何がリディアにあんな顔をさせたのかが分からない。このままじゃ、また同じ思いをさせてしまうかも知れない。俺はそれが怖いのだ。一番守りたいものを自分でぶち壊したくはない。
アジルがゆっくり立ち上がる。グレイと俺はアジルに手を貸した。
「それにしても、その薬は効きますね。ほんの一口で頭がハッキリしましたよ。まさかシェダ様が術師街で仕入れてきたなんてことはないですよね?」
アジルの疑わしげな視線の前に、シェダ様は手にしている小さな瓶をかざした。
「これかね? これはただのスコッチだよ」
「あぁ、どうりで美味いわけだ」
アジルはポンと手を叩いて舌を出した。控えめだが笑いが広がる。いくらかの緊張が身体から抜けていった。