新緑の枯樹 7-1
「メナウルはシャイア神の御身体そのものなのだ。そのためにこの土地はどうしても守らねばならん。だから、戦に手を抜くなんぞもってのほかなのだ。そこのところをきちんと理解していてくれなくては困る」
俺とリディアが座っている後ろで、クエイドはうろうろしながらゴチャゴチャ言い続けている。俺はクエイドをまるきり無視して、机の上に積んだ資料から抜き出した、四枚の身上書を見比べていた。その資料の山に手を置いて、リディアは心配そうな顔を向けてくる。俺はリディアに苦笑を返した。
「生まれも育ちも勤務地もバラバラだ」
「聞いているのかね!」
クエイドが声を張り上げた。こっちもこれ以上邪魔をされたのではかなわない。俺は立ち上がってクエイドに向き直った。
「仕事をさせてはくださいませんか? 今は少しでも時間を無駄にしたくない」
「これはけして無駄ではない。いいか、メナウルにとっての戦は」
またこれだ。こっちの話なんて聞いちゃいない。だが俺も似たようなモノだ。クエイドの声だけは、右から左へと抜けていくように習慣づいてきている。
ドアの向こう側で鎧の音が近づいてくるのが聞こえてきた。俺はクエイドの後ろにあるドアに一歩近づき、剣に手を添える。
「な、何をする!」
青くなったクエイドが身体を引いた次の瞬間、ドアのノックの音が大きく響いた。
「ひっ!」
驚いたクエイドが横に飛び退く。
「ブラッドです。護衛のお手伝いにまいりました」
「どうぞ」
ドアを開き、部屋に入ってきたのは、間違いなくブラッドだ。前に会った時と様子も変わらない。が、その視線を部屋の隅に向け、疑わしそうに眉を寄せた。
「何してたんです?」
振り返ると、部屋の隅にある、資料が詰まった棚の陰から、クエイドが顔だけ出してこっちを見ていた。逃げ足がえらく早いじゃないか。
「お、脅かさないでくれたまえ」
まったく、勝手に驚いておいて、なにを言っているのだろう。
「クエイド殿を脅したつもりなど毛頭ありません。私はリディアさんを守らなければなりませんので」
クエイドは少し考え込んでから、堅い、作ったような笑みを浮かべた。
「しかし、今のようなやり方は乱暴すぎやしないか? もう少し私のことも考えて動いてもらわないとな」
「私の仕事はリディアさんの護衛です。敵が一人とは限りませんし、クエイド殿のことは二の次にせざるをえません。今は、いつ何が起こっても不思議じゃない。関わりにならない方がよろしいかと存じます」
クエイドは明らかにムッとした顔をして俺の側を通り抜け、ドアの前に立った。何か言いたそうにこちらを振り向く。