新緑の枯樹 8-3
「ゴートには退役した騎士の邸宅が多いって聞きましたけど、派手な豪邸は少ないですね」
「派手好きなら城都に住むだろ。それに騎士は移動が多いから、普段は質素なもんだ。退役したからって、いきなり豪邸じゃ落ち着かないよ」
「そんなモンですかねぇ。じゃあ、フォースさんも退役したらここに住むんですか?」
今日これからのことも分からないのに、退役だなんて、あまり遠い先の話しだ。いくらなんでも住むところまで考えが及ばない。
「さぁな。生きて退役できれば、そうするのかもしれないな」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ」
ブラッドは明らかに不快そうな声を出した。
「ゴメン。ずっと限界いっぱいで仕事をしてきたから、先のことを考える余裕がなくて」
「余裕があれば先のことも考えますか? それが本当なら、別にかまわないんですけどね」
妙に突っかかると思い、俺はブラッドを振り返った。一瞬目が合ったが、ブラッドは視線をそらしてヴォルタ湖の方を向き、馬を前に出した。
余裕の問題ではない、ブラッドの態度はそう言っている。俺に余裕があっても、先のことは考えないと思っているらしい。
これから先か。今やらなければならないのはリディアの護衛、リディアを狙っている奴らの排除だ。それと式典でのソリストの護衛。それが済んだら、まず間違いなく前線に戻るだろう。それから? 衝突、会議、剣の練習、ほんの少しの休息。思いつくのは戦に関することばかりだ。他に何がある?
俺は人々の生活を守っていければ、それでいい。どれだけ厳しい戦でも、その後ろにいる人たちには戦が別世界の物であって欲しい。できることならメナウルとライザナルを結ぶ糸をたくさん作って、いつか引き寄せるだけの力を込められる物にしたい。そして城都に戻った時、サーディやグレイの笑顔を見ることができて、そう、リディアの歌が聴ければ。それでも胸が痛いのは、リディアが遠い人になってしまうからだろうか。
それにしても、この気持ちの空白は、いったいなんだろう。どうすれば埋めていけるのだろうか。今の俺には探し出せない自分が、そこにいる気がする。
控えめなため息が聞こえ、俺はリディアをもう一度振り返った。その頬に涙がつたう。
「リディア?」
俺に気付かれたことに驚いたように、リディアは顔を背けて涙を隠した。
「ごめんなさい、気にしないで」
気にするなと言われても、気にならないはずはない。でもその言葉は、もう何も聞くなということなのだろう。これ以上、俺がリディアに立ち入ることは許されない。
「風が、やんじゃったわね」
涙を拭ったばかりで、リディアは笑顔を浮かべて見せた。俺はそんなリディアを見ているのが辛くて目をそらした。
「無理に笑うな。頼むから」
俺は前を見たまま言葉を投げた。リディアが背中に寄り添うのを感じる。
「風が欲しいなら、ゴートまで走ろうか」
リディアが俺を掴む力が強くなる。俺はかかとで軽く馬の脇腹を蹴った。