新緑の枯樹 9-4


「二階のホールに、あんな風に肖像画を飾るのなら、家族みんなの肖像を飾ると思うわ。奥さんがいないんだもの、子供もいないのよ。きっと……」
 リディアの顔色が、心なしか青く見える。
「でも奥さんがいなくても、子供は作れるだろ?」
 言い終わるか終わらないかのうちに、リディアは俺をどついてツンと後ろを向いた。
「やだもう! 信じらんない!」
「なに怒ってるんだよ」
 俺が眉を寄せると同時に、ブラッドがブッと吹き出した。
「どこで子供作るんですか」
「ええっ? 俺がそんなことするだなんて言ってないだろ!」
 カランとドアの外で何かが転がって音を立てた。思わず三人で身体を硬直させ、息を潜める。今の音はドアの左だ。
「今の、なに?」
 静寂に耐えられないといった風に、リディアは小声で言った。俺は喋るなと首を横に振って見せた。不用意に立てた音なら音を立てた主は左にいるだろうが、今の音は何か投げて転がった音だ。明らかに左に注意を向けるよう誘っている。俺は音を立てないように剣を抜いてドアの右側の壁に近づき背を当てた。ここから見た限りでは、ドアの左には誰も見えない。人がいるならこの壁の向こうだ。
 俺は手振りで、ブラッドが手にしている本を壁にぶつけてくれるよう頼んだ。体勢を低く整えてそれを待つ。できればそこにいるのが幽霊じゃないことを願う。
 バンという盛大な音と共に飛び出した。そいつは一瞬身をすくめてから剣を振り下ろし、俺はその剣を余裕で受けることができた。
 目の前に、神殿でリディアを襲った奴の顔がある。その顔は目を見開いてから苦笑いを浮かべた。
「あん時のガキか! 脅しとハッタリだけは相変わらずだな」
「でも、あんたは消えられないだろ」
「どうかな」
 俺は受け止めていた剣を、腹立ち紛れに思い切り払って突きに出た。奴は後ろに飛んでそれを避ける。
 攻撃を仕掛けながら、どうしてリディアを狙うのか聞き出さなければいけないと思う。だったらサッサと優位に立たなければならない。
 奴の剣技はあまり巧いとは言えない。最初の一撃で俺を切れると思っていたのだろう、奴は焦りを見せ始めた。敵は一人とは限らないので、俺はドアを一つ超えるごとにそれを蹴り開けて人がいないのを確かめた。俺に余裕があることに恐怖でも覚えたか、奴はだんだん逃げ腰になってきている。こっちから仕掛けようとすると、奴は後ろに下がって体制を整える。すぐ後ろは階段だ。

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