新緑の枯樹 9-5
「いったい何が目的だ」
俺は少しずつ間を詰めた。奴はジリジリ下がっていく。
「何がだって? 分かってるんだろう?」
そう言うと奴は嘲笑といったような笑みを浮かべた。分かっている? 何をだ? 俺が本気で思い付けないのを悟ってか、奴から笑みが引いていく。
「本当に分からないのか? じゃあ、お前はいったい何のために……」
奴は眉間に縦皺を寄せると、意を決したように身を翻した。階段を駆け下りるつもりだったのだろう。ところが奴は、膝を階段の手すりにぶつけ、体勢を崩したと思うと、盛大な音を立てて頭から階段を落ちていく。俺はその手すりを滑って間に合いそうな場所で飛び降り、身体をぶつけて奴を止めた。だが、もうほとんど下まで落ちてしまっている。途中まで剣を放さずに持っていて刃をぶつけたのか、首も切れていた。出血がひどい。これでは助からないだろう。
俺は味方の兵にするように、そいつの半身を抱き起こした。
「おい、しっかりしろ!」
声をかけると、奴はいくらか目を開けて俺に手を伸ばしてきた。奴の顔に、なぜか笑みが浮かぶ。
「クロフォード陛下……」
消え入りそうな声だが、一文字ずつしっかり声にしてそう言うと、差し伸べていた腕がパタッと落ちた。その身体から力が抜けてズシッと重みが増す。その腕を取り脈を確かめてみたが、もう動きはなかった。
クロフォード。それはライザナルの皇帝の名前だ。間違いない、こいつはそう言った。俺を見間違えるのか? とんだ忠誠心だな。……、いや違う。命を落とす時にさえ、なお、名を呼んだんだ。この人は心からライザナルの皇帝を敬愛していたのだろう。ライザナルのために、最後までライザナル人として生きたのだ。国は違っても、その思いはすごいと思う。俺がこんな風に死ぬ時が来たら、なにか言うのだろうか。誰かの名前を口にしたくなるだろうか。
リディアとブラッドが階段を降りて来た。俺はブラッドに手伝ってもらい、階段の下に遺体を横たえた。
リディアは黙ってついてきて、遺体の横にひざまずいた。彼の手を胸に組ませ、シャイアの祈りを捧げる。もしかしたら取り乱すのではと思ったが、リディアは俺の想像以上に神殿の人間になっているようだ。
俺は複雑な思いでリディアの祈りの声を聞いた。彼はライザナルの人間だから、シェイド神を信仰していただろう。彼にとっては意味のないことかもしれない。それと、これはたぶん嫉妬だ。戦場で死ねば、こんな風に祈りを受けるなんてことはできないだろう。ましてやリディアにはなおのことだ。
祈りを終えて立ち上がったリディアに、ブラッドは当惑した表情を向けた。
「命を狙われたんですよ? もしかしたらライザナルの人かもしれないのに」
「でも、同じ命です」