新緑の枯樹 9-7


 俺はいったい何をやっているんだ? 罪を重ねてリディアに嫌われるのがそんなに怖いのか? こんなことをしていて、もしもリディアに何かあったら? とにかく生きていてくれなくては、あの笑顔を見ることさえできなくなる。それが俺に向けられた笑顔じゃなくても、俺にとっては大切な宝物なんだ。全部手放してしまったら、一番後悔するのは俺だ。こんな胸の痛みなんか、比べものにもならないほどの悔いが残るだろう。
 俺はこれが最後のドアだと思い、通路突き当たりにあるドアを蹴り開けた。とって返そうとした足元に、剣の切っ先が降ってくる。反射的に飛び退いて剣を抜こうとし、その相手を見て呆気にとられた。そこにいたのはブラッドだ。
「す、すみません! てっきり幽霊か何かだと思って」
 平謝りのブラッドの方に乾いた笑いを向けてドアを出ると、そこは階段下、入った方と反対側の左のドアだった。
「あ、あれ? 俺、ぐるっと回ってきたのか?」
「そうみたいですね」
 ブラッドはあきれ顔でため息をついた。リディアが側に来て、心配そうに俺を見上げる。シャイアの祈りを唱えていた時の顔とはまるきり違う、いつものリディアだ。
「大丈夫?」
「平気だよ。そういえば角を左に二回曲がったような気が……」
「曲がったような気がって、何考えてたの?」
 何って、そんなことを聞かれても絶対に言えない。
「ゴメン、脅かしちゃった?」
「ものすごーく!」
 リディアはそう言って口をとがらせる。俺は思わず苦笑して、リディアにどつかれた。
「悪かったって。もう帰ろう、これ以上は何も……、なくていいや」
 音を上げた俺に、リディアとブラッドが反論するはずもなく、三人でサッサと外に出た。ドアを閉める時、嫌でもあいつが目に入る。ブラッドは暗く寂しげな顔をした。
「帰ったら処理の要請が必要ですね」
「ああ。しかもまた報告書だ」
 馬をつないでいた手綱を外し、その場で騎乗する。リディアを後ろに乗せて門まで行き、手間取っているブラッドを待った。振り返って家を見ると、正面に日が当たっているせいか、入った時よりもずっと立派な豪邸に見える。だが、幽霊さえいない、帰る人もない家だと思うと、目にひどく物寂しく映った。
 ブラッドがこちらへ来るのを確認し、門を出て城都方面へ馬首を向ける。
 ミューアの幽霊がいてくれた方が、まだよかったかもしれないと思う。幽霊なら殺さずにすむ。と言っても、こっちが殺されてしまうのではたまらないが。
 あいつの声が、まだハッキリと耳に残っている。
(何がだって? 分かってるんだろう?)
(本当に分からないのか? じゃあ、お前はいったい何のために……)
 あいつはここに隠れて、いったい何をくわだてていたんだろう。

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